大概の願い事には喜んで頷く人だから、会いに来てといえば会いに来てくれる。5分もかからないくらいの部屋の距離だから、無理なお願いでもないけど、今言ってしまうのはなんだか構ってほしい感じがでて嫌だなと思う。 こんなことがばれてしまえば室ちんはこどもっぽいなって笑うんだろう。一歳しか変わらないのに、年がいくつか離れたような話し方をして、髪を撫でるんだろう。 そんな仕草に嫌気がさすこともあるけど、嬉しいと思う時だってある。頬にキスをして、額にキスをして、笑う。でも、唇にキスはしてくれない。オレからしても何も言わない。嫌じゃないんだっていうのは分かるけど、室ちんからはしてくれない。 理由は知らない。聞けないし、聞かなくていい。聞いて、怒ったり泣かれたり、悩まれたりするのは面倒だから、それなら唇以外の所にキスをくれて、笑っている室ちんを見る方がいい。 『会いに来て』を言えなくて、何分携帯と睨み合っただろう。ベッドの上に放り投げて拾ってを繰り返したけれど、何も進んじゃいない。
「めんどくさー」
呟いた声も、誰もいない部屋じゃ自分に跳ね返ってくるだけだからむなしい。誰かのことを考えるのは面倒くさい。振り回されてる自分がもっと面倒くさくて嫌になる。 もうこの際部屋まで押し掛けたら、と思ったけど、それをしたらもっと構ってほしい感じがでるからこれも駄目。やだやだやだやだ。何やってんの、オレ。 このまま寝てしまって、朝になれば楽かも。そう思って掛け布団を頭からかぶろうとした瞬間に、聞き慣れた足音が聞こえるから困る。隠そうと思いながら隠せてない音だ。静かにドアを開けて、ベッドの上で呆けてるオレに室ちんは目を細めた。
「何しに来たの」
室ちんが消灯時間過ぎてオレの部屋にくるなんて珍しい。扉をまだ開けたままだから人差し指を口にあてて、ちょっと待ってと声を出さずに口だけ動かした。
「15歳最後の敦に会いに」
「…どーゆー意味」
「誰よりも早く誕生日を祝おうと思って」
これだから室ちんは困る、というか、すごい、といったほうがいいのかもしれない。さっきまでオレが何をしてたかなんて想像ついてるのかどうかもわからないけど、 澄ました顔して、人が喜ぶ顔をやってみせる。自分の中には簡単に人を踏み込ませないくせに、他人に入り込むのは上手だ。
「…なんで知ってるの」
「さあ、どうしてだろうな」
迷惑だったか?って不安そうな顔をしてみせるのも、ずるい。首を振るとよかった、って言って笑った。 ベッドの上で動き回ったせいか髪がぼさぼさのオレをみて、髪を撫でて、またにこにこ笑う。
「室ちん甘い匂いするー」
首に顔を押し付けると「くすぐったいって」と後ろにさがられた。
「これのことだろう?」
がさり。室ちんの片手には見慣れたコンビニの袋がぶら下がってる。さっきからちらちら目に入ってたけど、どうだと言わんばかりに室ちんが差し出すから気付いてなかったことにする。
「コンビニのケーキで悪いけど」
練習終わった後に行ったからなって言ったけど、練習終わった後、俺と確かコンビニ行ったよね。 そのまま一緒に部屋に帰れないかなって思ったけど、室ちんは自分の部屋に帰ったのに、またあのあと行ったってこと?
「ねぇ、食べていー?」
「もちろん」
プラスチックのフォークがちゃんとついていて、急いであけようとするとなかなか開かない。室ちんが横から器用にオレの指の間に自分の指を入れてビニール袋を割いた。食べるとやっぱりコンビニのケーキだなって味がしたけど、そんなことは気にならないくらい美味しかった。 甘くて甘くてしょうがなかった。
「あとちょっとしたらー、日付変わるね」
「そうだな」
「何て言ってくれるの?」
「それはお楽しみだろう」
ケーキはあっという間に小さくなって、最後に残った苺を口の中にいれた。酸っぱい。
「あ、こら、敦、」
「なにー」
クリームついてるよ、って室ちんの親指が唇のよこにあたる。こんなことは日常茶飯事で、いつもみたいに、はいとれたーって言うんだろうって。 そう思ってたのに。クリームをぬぐったあと、キスをされた。唇の端っこ。ぺろりと親指を舐めて室ちんが悪戯したみたいに笑う。まだ唇にはしてくれないの、と言いたかったけれどやめた。 不意打ちは卑怯だ。
「ふふ、真っ赤だな」
「ちげーし。こんくらいで赤くなんてなんねーし!」
落ち着いて、と宥められても、落ち着いてられない。
「敦」
「もー今度はなに!」
「Happy Birthday」
いつのまにか時計は0時を過ぎていて、携帯のランプがメールの受信で点滅している。
「敦にとって素敵な日にするよ」
「…これ以上いいことなんてないし!なんなのもう!」
「わお、かわいーこと言うんだな、敦も」
「ああ〜もう!」
だって会いに来てくれただけで嬉しくて、ケーキくれて、キスするとか(端っこだとしても)、予想してなかったんだ。
「16歳だよ、敦」
「へ?あー、そうだけど、どうしたの」
16歳って言われてもまだピンとこない。高校生だなって思うくらいで。
―――ああ、そっか。
「そーいうことって思っていいの?てか思うからね?」
「ん?どーいうことだ?さ、明日も朝練だし!歯磨いたら寝るぞ!」
知らないふりして笑うとか室ちんも本当によくやるよね。 なんて思いながらも、早く早くってベッドを叩く姿が可愛い。今日は一緒に寝てくれるんだと思うと嬉しくなる。
「明日が、…じゃないか。今日が楽しみだな!」
「…そんなに室ちんが楽しみなことってあんの」
オレの誕生日に?と思ったけど、とりあえず歯を磨いて戻ると、
「早く寝るぞ!」
勢いよく掛け布団を持ち上げて、またベッドを叩いた。寝ることにこんなに意気込んでる室ちんは初めてだ。室ちんが誕生日じゃないのに、そんなにテンション上げてどうしちゃったの。 同い年の夜。室ちんの誕生日までの期間限定だ。ベッドの上に転がると、ばさっと音をたてて布団がかけられた。勢い余って顔の上までかかったから、さっき一人で悶々としたことを思い出してしまう。 でも今はもう一人じゃない。
「同い年だね、室ちん」
右頬にキスする。お返しに左頬へのキス。16歳、弟みたいに思わないって、言ってくれてるんだとしたら――。年齢なんて関係ないけど、 そう思わせてくれる言葉に満足しちゃうあたりがこどもみたいなのかもしれないけど、嬉しくて今はもうそれでもいいやなんて思ってしまった。
「おやすみ」
「ねー、もう少し起きてよーよ」
「敦、おやすみ!」
どうにかして早く寝かせたいらしい。おやすみって連呼しすぎで怪しいんだけど。


目が覚めると、ベッドの横に山盛りのお菓子があった。あれだけ夜にテンションが高かった理由がやっとわかった。
「うわ、おかし!」
「あつしー…うれしい?」
「嬉しいけど…こんなとこ置いたら踏むじゃん」
当の本人は朝が弱いから、よかった、って言いながらむにゃむにゃ言って枕に突っ伏した。寝るまで待って、こっそり自分の部屋に一度帰って、またこのベッドに戻ってきたのが嬉しい。

学校のロッカーも机もお菓子が突っ込まれてた。知らない子までおめでとうって言う。
部活が終われば、真っ暗の部室に連れてかれて、電気が点いたらでっかいケーキが用意されてた。 どれも美味しくて、嬉しくて。これだけおめでとうなんて言われるとは思ってなくて、恥ずかしがったら、可愛いとこもあるんじゃのうとか言われてしまって。
「ハッピーバースデー!」
こんな高校生活になるなんて想像してなかった。ケーキは先輩との取り合いになってちゃんと食べれなかったのが少し残念だった。

一日賑やかだと疲れるけど、やっぱり帰ったら寂しい。寮に帰る道は暗くて、10月なのに寒かった。 玄関をくぐると何人かの寮生が部屋を行き来していて、消灯時間までまだ時間があるのが分かる。
「おなかいっぱーい」
「ふふ、よかったな」
「でもー…まだ食べ足りない」
「あれだけ食べたのに?」
「室ちん、幸せはねーどれだけ食べても足んねーの」
言ってる意味、わかってくれるよね?
「…しょーがないな。日付過ぎるまでは付き合うよ」
やっぱり、言いたいことは言ったほうが賢いんだ。言わなくて、うだうだするのはやめた。
素敵なるよ、じゃなくて、するよ、と言ったことに、なるほどと思った。これだけ喜ばせようとしてくれる人が傍にいるなんて驚いた。
しかもそれが、好きな人なんだから、幸せだ。このまま、この幸せをおいしく食べ続けれますように!


20121013 おいしい幸せ(HAPPY BIRTAHDAY!1009)