小さい頃から体は大きかった。大きいねえ、大きくなったねえ、あつしくんおっきいなあ、いいなあと笑っていた顔も次第にまた伸びたの?って言ったり、 自分とは違う生き物みたいな目をして見上げてくる奴だっていた気がする。別になんて言われても、どんな目でみられてもどうでもよかった。 だってそんなやつら、俺が見なければ、そんな声も視線も届かないんだから。 背の順は一番後ろ。組み立て体操は踏み台。騎馬戦はもちろん馬だった。(でも周りのやつと身長が合わなくて肩車してやったって感じだった)、掲示物の取り外しに、高いところの窓の鍵をあける。 嫌だと思った事はないけどいいと思ったことも特にない気がする。そのうち誰かに抜かされるかななんてと思っていた。高校に入って大きい人は増えたけど、そのうちはなかなかやってこない。もう無理なのかな。

「室ちんはさあ、俺がもう大きくなったらいや?」

嫌だろうなあ。でもしょうがないよねって言うかな。ちらっと見てみるとお裾分けしたあめ玉をもごもごしていた室ちんはちょっと待ってと手を前にやった。片方のほっぺにあめ玉を押しやって息をつく。 顔がちっちゃいとあめ玉食べるのも大変なんだ。

「敦はその身長嫌い?」
「別にい。でも服買うの大変だしーすぐちっちゃくなるしー制服も採寸したおばちゃんびっくりしてたしーバスとか狭いでしょー頭うつしーそういうのは面倒くさいかなー」

ううん、と考える室ちんは真面目だと思う。きっと、頑張って頑張って考えてくれてるんだ。室ちんの目は綺麗でまっすぐで一生懸命でちょっと怖い。もうこの話、終わらせてもいいのに。なんとなく話し始めた事を室ちんはいつだって色々なことを考えながら受け止めるから、なんだか意地悪したくなったり、言ってはだめだと言われることだって言ってしまう。まあ俺は思ったことを言ってるだけなんだけどさ。

「他の誰かになりたい?」
「そんなことは考えたことないや」
「なら、いいじゃないか」
「それは室ちんの答えじゃないよね?」
「…そうだね。ごめんごめん、考えてるんだ」

考えるの長い。待てないよというのを知らせたくて頬を膨らますと「敦はもう食べ終わったの?」と話をまたうまく逸らした室ちんが言う。 「答えてくれるまで教えてあげない」って言い返してやった。右のほっぺの膨らみは小さくなっていたけど、まだあめ玉は室ちんの口の中でころころと動いている。あめ玉がずっと居座っていた右の頬はきっと、すごく甘くて、乾いてる。 行ったり来たりしたあめ玉はまた右のほっぺに戻ってきた。利き手と利き足があるなら利き頬っていうのもあるのかもしれない。

「My neighbor totoro」
「え、なに、急に。呪文?」
「はは、違うよ、My neighbor totoro、小さい頃みたんだ」
「まいねーばーととろ」
「日本語だととなりのトトロっていうのかな」
「ああーととろ!」
「Yes,totoro」
「トトロそんなにかっこよく言う人初めてだー」
「はは、これが答えだよ」
「えー意味わかんないんだけど」
「敦の身長がこれからどう伸びようと、関係ないよ」
「嫌か、嫌じゃないか聞いてるんだけど」
「嫌か、嫌じゃないかっていう括りの問題じゃないからこういうのが一番いいかなと思って」
「うーん…じゃあさ、それとトトロはどう関係あんの?」
「知りたがりだなあ」
「そーだよー知りたがりだよ?」
「しょうがないなあ、敦は」

しょうがないなあ、敦は。この台詞は室ちんがよくいうやつで、聞いた後には大抵優しい何かがある。お菓子をくれたり、美味しいごはんを食べさせてくれる約束だったり。 大抵もったいぶって微笑んでから、室ちんは優しい何かをくれる。

「心の距離が近ければ、トトロはいつだって見えるんだ」
「へー…そうなの?」
「俺はそう思ってるよ」
「ふうん」
「会いたい、知りたいって気持ちを忘れちゃいけないんだ」
「でも俺、トトロよりでかいらしいから、俺はトトロじゃないよ」
「それはわかってるよ、似てるなって思ったんだ」
「室ちん、まわりくどい〜」

綺麗な顔をして唇の端だけつりあげて笑う。そういうのをずるいっていうのを俺は知ってる。 だって、室ちんは真っ直ぐな言葉の投げ方を知ってるんだから。

「どんなに背が高くなっても、スキルが高くなって、敵わないような、手に届かないような存在になっても、俺は敦の方を見続けるよ。敦が俺のことを見なくなっても、見続けるよ。 嫉妬とかで醜い心になるかもしれないけど、諦めたら見えなくなるのは嫌なんだ」

だから、俺は頑張るし、一緒に頑張ろうなって言う室ちんの顔は見ないことにした。 頑張るだなんて、わからない。俺はバスケやるだけだし、なんて言っても返ってくる言葉は「うん、一緒に頑張ろうな」だと思った。 今日の優しい何かは、全然優しくない。 何かが何なのかわからない。わからないから、俺も室ちんを見てたら、いつかわかる日がくるのかな。
「俺はねえ、もう食べちゃった」
「…ああ、さっきの答え?はやいな、食べるの」
「室ちんがゆっくりなんだよ。俺、噛んだもん」
「なるほどな」
カリ、と噛む音と同時に室ちんが目を丸くした。
「敦、なんだこれ…」
「あ、室ちんにあげたやつはねー、あめの中にガム入ってるんだよーおいしい?」

ガムがべったりはりついた右頬はどれくらい甘いんだろう。わお、なんて言ってる横で、 粘膜を焦がしそうなほど甘いのかなあなんて考えた。きっと敦には分からないよって室ちんは言うんだろう。 たぶん、その味、なかなか忘れないよね。俺だって、なんか今日のこと忘れない気がする。

20120826