ノックもせずに部屋にやってきた敦は、片手に紙袋を抱えていた。開けるなり、緩んだ顔をして駄菓子屋いってきたんだーと言いながら横に座る。 ギィとベッドが不安な音をたてたが、男2人が座れば(しかも大きめの)それも無理はないなと思う。

「もうすぐ消灯時間だろう?何しに」
「室ちん、手ぇだして」
「…聞く気ないな」

ごそごそと駄菓子屋の袋からてのひらにのったのは。コーラの絵がかいてあるキャンディだった。
アメリカのお菓子の包みはなかなかポップなものが多かったが、この包みもなかなか派手だ。

「キャンディ?」
「うん。あげるー」
「これ、敦のだろう?」
「おばちゃんがおまけしてくれたからいーよー。俺あわ玉食べるしー」

アワダマ?アメダマじゃなくて?と思ったけれど、口にするほどのことでもないし言うのはやめた。 日本ではキャンディをアメといったりアメダマといったりアメチャンと言ったり色々な呼び方があるらしい。 甘いものはあんまり食べないけれど、敦がくれたんだし、食べることにする。

「じゃあもらうよ。ありがとう」

封を切ろうとすると「ああーだめだめ!」と奪われてしまった。

「黒いところの近くできったら当たりかハズレかみにくいでしょー。見本見せてあげる」

敦のてのひらから出てきた青の包みには“あわ玉”というショッキングピンクの字がプリントされている。その“あわ玉”にも俺がもらった包みと同じように黒い楕円が端にあった。 俺が切ろうとした反対側から封をあけて、アメダマをとりだす。「あららー、ハズレだー」と残念そうにも聞こえない、気の抜けた声だす。青色のアメダマは敦の口の中に、投げられた袋はシーツの上に落ちていった。

「室ちんのもあけてあげる」
「嬉しいけど、敦、ゴミはゴミ箱に…」
「あ、ハズレだ。はい、室ちん口あけてー」
まるで餌づけだな、と笑ったら、早くーとせかされるので口をあける。赤い袋もシーツの上に落ちていった。敦のてのひらの上では小さくみえたアメダマは予想してたより大きかった。

「駄菓子屋のおばあちゃんに電球とりかえってって言われてね、面倒くさいけどちゃんと取り換えたんだよ。そしたらおまけにそれくれたんだー」

つん、と頬をつつかれる。そうだったのか、うん、えらいな。声に出して言いたいところだけど、アメダマが思っていたよりも口の自由を奪ってしまった。代わりに微笑んで頭を撫でると、敦は複雑な顔をする。(たぶん慣れていないんだろう) 喜んでくれたんだろう。いいことをしたじゃないか。言うつもりの言葉は、目で伝えるとする。なんだか間抜けな顔の自分が想像できて、とりあえずアメダマを小さくすることが最優先だ。

「高校生だからまだまだ大きくなるのかねえって言われたよ」

コーラの味が次第に強くなってくる。アメリカほどじゃないが、やっぱり砂糖の塊なだけあって、甘い。 俺、大きくなるのかなあ、と呟いて、天井をみつめている。何か言おうと思ったけれど、なかなか言葉がでてこなかった。口にものを入れながら話すのは苦手だ。

「室ちんはさあ、俺がもう大きくなったら嫌?」

敦がちらりとこちらを見るときは、大抵答えが何かを期待している。からかいであったり、単純な疑問であったり種類はあるけれど、何も考えてないようにみせて、何かを考えてる時の目だ。 これ以上大きくなったら、日本で生活するのは窮屈だろうな。俺でさえ不便に思ったこともあるのに。真っ先に思ったのがこんなことだったので、少し安心した。 とりあえず話すために、アメダマを右頬に押し込める。喉が渇いた。コーラの味が口中にべったりとはりついている。 敦は大きすぎる身長をコンプレックスに思ってるやつではない。たまたま、大きかっただけだ、ぐらいの認識だ。 試しにその身長が嫌いなのかと聞いてみても、ちょっと面倒くさいことをあげただけだった。

「他の誰かになりたい?」
「そんなこと考えたことないや」

なら、いいじゃないか。すぐに返事ができた。間髪いれず「それは室ちんの答えじゃないよね」という敦の声。なら、いいじゃないか。これが、俺の本音なんだけどな。 誰かになりたいと思ったことはないけれど、誰かを羨むことは何度もあったし、きっとこれからもそう思いながらバスケをする。 悪いことじゃない、諦めなければいいだけの話だ。渇きだした右頬のように、いつだって焦げそうなほどの熱をもって、消すことができない。 ころりとアメダマを転がすと余計に喉の渇きが増した。頬を膨らまし始めた敦は(そういえば敦のアメダマはどこにいったのだろう)、たぶん俺の答えに納得いっていないだろう。 「敦はもう食べたの?」という問いにも不貞腐れて教えてくれない。場を繋いでくれたアメダマに感謝をして、もう一度右頬に押しやって、話をすることにする。

「My neighbor totoro」

聞き慣れない言葉に敦の眉間に皺が寄る。体を傾けて、僕の顔を覗き込みながら、まいねーばーととろ、と言う敦は身長が二メートルを超える男とは思えないほど幼くみえる。 それに、分からないのサインがとても分かりやすい。怒ってる、面倒くさい、嬉しい、どれもとてもわかりやすいから楽しくなる。 少し焦らしてみると、意味わかんないと足を振りおろした。なかなかいい音が響く。 ああ、消灯時間だって言ったのに。
「敦の身長がこれからどう伸びようとも関係ないよ」
そう言ってもなかなか納得した顔はみせてくれない。敦がこれからどう変わろうと、敦は敦だし、俺は俺なのだから、嘘なんて言っていないのに。
「うーん…じゃあさ、トトロとはどう関係があんの?」
大きいこどもはこういうときはかしこい。これだけ喰いついてくるのは珍しい。いつもなら、もうこの辺で飽きているはずなのに。 知りたがりだよ?語尾をあげて、得意げな笑みをみせてるけれど、その中には逃がさないよ。早く早くという声が詰まっている。

「しょうがないなあ、敦は」

たぶんこれは俺の口癖で、相手の欲求に応えたい時にでてしまう。慕われるのは嫌いではない。 タイガにだって、幾度となく使ってきた言葉だ。ぱちり、と瞬きをして、敦の目の鋭さが柔らかくなっていくのがわかる。 しょうがないなあ、という言葉を嫌う人もいるかもしれないが、相手によっては抜群の効果を発揮するものだ。

My neighbor totoro.懐かしい。何度か見たけれど、アレックスと、俺と、タイガの3人でみた時のことは今でも覚えている。 アレックスがコーラを買って、それを飲みながら、夏の暑い日に見た気がする。口内にべったりついたコーラの味が より鮮明にあの夏の日を思い出させる。うわあ、と口をあけたまま画面を見つめるタイガと、日本語の字幕を追いながら台詞を聞きとるアレックスの姿だ。 こどもっぽいなとも思ったが(自分もこどものくせに)、姉が妹の心配する気持ちはよく分かったし、 何かを信じる姿はいいなと思った。強く思ったり、願うことは決して悪いことじゃない。それを誰かと共有できたら、きっとこの上なく嬉しい。 だから、なんだかいいなぁと思った。それを思い出しながら、トトロに関してなんだかクサイ台詞を言うと、敦は「俺はトトロじゃないよ」と、また気の抜けるようなことを言い出した。 どうやらまわりくどいらしい。(まあ、わざとまわりくどくしてるんだけど)飽きて話が切り上げられる前に、言いたいことは言っておく。 最後の方は敦の目線は足元へと向いてしまった。考えてることは、わかる。ドリョク、ネッケツ、バスケなんて――。 もし、もしも違うことを考えていたとするなら、いつか聞かせてほしい。

「俺はねえ、もう食べちゃった」
「…ああ、さっきの答え?はやいな、食べるの」
「室ちんがゆっくりなんだよ。俺、噛んだもん」
「なるほどな」

もうアメダマは水分を失った右頬にはりついてしまっている。思い切り噛むと、ぐにゃりと予想してなかった感触がした。

「敦、なんだこれ…」
「あ、室ちんにあげたやつはねー、あめの中にガム入ってるんだよーおいしい?」

思わず変な声を漏らしてしまった。シーツの上に落ちている袋をみると、確かに敦が食べていたものと柄が違っていた。 よくみてみると“どんぐりガム”と書いてある。これだけ甘さを残しておいて、追い打ちをかけるようにガムで蓋をするなんて。なんてよくできたアメダマ(いや、ガムか?)なんだ! 後で何か飲まないと、歯を磨かないと、虫歯は大敵だ。でもまだこの甘さには耐えられる。理由なんて、クリアーで、シンプルだ。
たとえ嫉妬が絡みついたって、俺は一緒に頑張れる。




20120830 さよならキャンディ