※ぬるいですが性描写があるため18歳未満の方は閲覧禁止です。




何度も二人の唇を重ねた。それは味なんてあるはずもないのに、甘いと紫原は言う。氷室がおいしい?と問えばおいしいと紫原はさらに唇を深く重ねた。 声も、唇も、鎖骨も、指も全部甘いと紫原は言った。紫原が知る菓子の中でも氷室の味がするものはないと言う。だから手放したくないのだと、氷室の頬を舐めた。 甘い味を貪るのはいつも紫原からで、氷室から紫原にキスをすることはない。紫原はそれでも構わないと思っている。拒まれないのだからいい。せがんで得たとしても、何の喜びにもならないと分かっているからだ。
髪に触れて、肌に手を這わせた。這わせていた手がベルトに触れた時に「それは、駄目だ」と制止の声があがった。 どうしてと問えばバスケの負担になるからだという。そんな言葉が氷室の口からでることは予測していたので、次の日がオフの日を選んで事に及ぼうとしていた。
「明日休みじゃん」
「うん、でも駄目だ」
「今更無理とか言われても、オレの方が無理だし」
なんとか昂る気持ちを抑えて、冷静に話せるように紫原は深く息をした。氷室がベッドに倒れ込んでいて、その上に覆いかぶさってる。理性がいつとんでもないおかしくないのに、お預け状態なのだ。 それなら、キスから止めて欲しかった。いや、夜に部屋に来ることさえ止めて欲しかった。
紫原にとってキスをして、触りたいと思うのも好きなったら自然な事で、セックスはその延長線上にある。 傷つけるつもりなんてなくて、大好きだからしたいだけで、やっと氷室が手に入ると実感できるかもしれないという思いがあった。
落ち着かなきゃ。このまま口を塞いで続きをしても、待ってるのいいことじゃない。体調が悪いとか、そういうことかもしれない。必死で言い聞かせる。それがまさか。
「練習の響くのが嫌なんだ」
バスケ以外の理由はなかった。氷室はバスケができなくなることを心配している。一回のセックスがそんなに負担になるのか。数日も響くものになるというのか。 紫原には経験がないので、どれほどバスケに影響するかわからない。経験がないことはおそらく氷室も知っているので、大丈夫だと安易な事も言えない。
「…でも、オレのことも好きでしょ」
そう言うのが精一杯だった。敢えて低い声で言ったのだが、震えてしまって泣きそうな声に聞こえたかもしれない。
「好きだよ。大切だよ。ただ、それは駄目だ」
好きだよも大切だよも言われてこの上なく嬉しい言葉なのに、その後には絶望が続いていた。
「オレだって好きで、大切だって思ってんのに。オレのことは考えてくれないの?」
好きで、大切なのに、セックスは駄目。しかもバスケが理由で?ここまでくるのだって、邪魔してきたくせに、また、オレの邪魔をする。
「まだ、できない」
沈黙を破ったのは氷室だった。その後にごめん、と付け足された謝罪が引き金になったかは分からない。
「遅い」
傷つける言葉を撒き散らしてしまいそうで、噛みつくように唇を重ねた。室ちんが悪い。こんなときにまでバスケと比べるから。込み上げてきた気持ちは悲しさか怒りかわからない。
さっきのキスは、好きで、大切にしたいって思って、したのに、分かってくれなかったの。
こんな気持ちでキスをしたいんじゃない。 唇を離すと、氷室は何も言わなかった。瞳を潤ませて、熱い吐息が頬にかかった。もう止めることはできなかった。

紫原は自分の力が氷室に敵うことを知っていた。 氷室も、認めたくはないかもしれないが体格差からしても、普段の練習からみても分かっている。だからこそ、行動に移る前に言葉で止めてほしかった。手を出してくれてもよかった。
なんで、嫌って言わないの。殴らないの。駄目なんじゃないの。
押し込めたい感情が浮き上がるたびに、ひたすら目の前の氷室に触れて、舐めて、体中に唇を落として忘れようとした。 行為の最中、氷室はただ、息を漏らすだけだった。紫原は氷室の顔をみることはできなかった。駄目だと言われて行為に及んだ後ろめたさもあったが、余計に脳が刺激されることを恐れた。 ベッドの軋む音と呼吸の音だけが部屋で鳴っていた。露わになった白い肌に欲情した。コートの中では決して見ることができない、今自分にしか捉える事ができない姿があるという事実が気持ちを昂らせた。分からないなりにも全身に唇を落として、触って、丁寧に愛撫する。 どこに視線を落としていいかわからない。 視線を彷徨わせているとシーツにくいこむ爪がみえた。指を奥まで押し込むと、シーツを握りしめている指がどんどん縮まっていった。 二本目に増やすとふっと氷室の指先から力が抜けた。力を入れ過ぎた指は震えている。バスケットボールを愛した掌。その掌が憎かった。けれど、愛しかったことも確かだ。 その掌が掴んでいるものは自分でもなく、ただの恐怖だということを悟った瞬間に紫原は氷室の顔に視線を映した。 少しだけ開いた唇から呼吸をするだけで、目を瞑って、懸命に何かに耐えている。快楽ではないことなんて、すぐに分かった。
――こんなことがしたかったんじゃない。欲しいものは手に入らない。
ただ好きなだけなのに。触りたくて欲しいと思っただけなのに。
動けずにいると、氷室が薄く目をあけた。紫原の瞳をじっと見つめて、頬笑んだ。

「敦、キスして」

ぽたりと氷室の頬に涙が落ちた。ぽたり、ぽたり。腕を動かすのも億劫なのかその涙を拭わずに、敦、キスして、と氷室はもう一度言った。紫原が好きな甘い声だった。
まただ。
紫原は唇をかむ。氷室が与えるのは逃げられない優しさだ。
氷室に負担をかけないようにゆっくりと顔を近づけた。キスをする。鉛のように重いであろう腕をあげて、幼子をあやすように髪を撫でられる。紫原は氷室に今まで幾度となく唇を重ねたけれど、このキスは忘れないだろうと思った。
自分の涙の味のキスだなんて、忘れられるはずがない。甘くないキスはこれが最初で最後にしようと心に誓った。



重ねるだけのキスをしたあとは、もうそれ以上のことをする気にはなれなかった。 指を抜く瞬間に氷室が眉間に皺をよせた。ごめんねと言えば、大丈夫だからと掠れた声が返ってきた。
「…ごめんは、俺が言うべきだよ」
ふるふると紫原は首を横に振った。違う。ごめんね、ごめんね。止まっていた涙を再び溢れさせて氷室を抱きしめた。
キスをしてとねだったのも、自分を傷つけないためだ。何も言えぬまま、掌でぽんぽんと氷室の背中を叩いた。 いつもは氷室が紫原にする仕草だ。氷室の肩の力が抜けて、しばらくすると、穏やかな寝息が聞こえてきて安心する。こうしてるだけでも十分幸せなのに、欲張った。何かを手に入れれば、、もっと欲しいと思うのか。人は貪欲になるのだろうかと眠る氷室を見ながら考える。 手に入らないものを欲しいと思うことは初めてかもしれない。だからどうしていいのかわからないのかもしれない。やんなっちゃう、と奥歯を噛んだ。
したくないとは言わなかったじゃないか。また、バスケに嫉妬した。バスケのことになるとお互いを考えられなくなる。 それでも、あの願いを聞いていればこんなことにはならなかったのに、と悔いても遅い。 自分がしてしまったことは、もう変えることができない。



数時間経って、ごそりと氷室が動いた。眠ったおかげか、顔色がよくなっている。
「涙、とまったな」
「ん」
「敦が泣いてるの久しぶりに見た」
いつもならうるさいと突っぱねるところだが今はそういうわけにもいかない。
「…体、大丈夫?」
「大丈夫だよ。とりあえず明後日、いや、もう明日…の練習にはな。響きそうにない。」
「またバスケ…」
呟いてから気付いて口を閉じる。氷室がくすりと笑った。
「アナルセックスって結構体に負担かかるんだろ。生でやるとか絶対許さないからな」
腹を下すのは嫌だしな。けろりとした様子に少し救われる。アナルだとか生だとか、急に生々しい発言が出てきたのにも驚いたが、今度は、と聞いて紫原は目を瞬かせた。
「…今度って、またしてくれんの?」
あ、聞かなきゃよかったなと瞬時に紫原は思って氷室から目線を逸らした。
「………やっぱ、今の」
なしにして、と言おうとしたが遮られる。
「バスケを理由にしたのは嘘じゃない。さっきも言った通り負担がかかるから」
でも、と氷室が言った瞬間視線がぶつかる。
「それだけじゃない。敦とセックスするのが怖かったんだ」
怖い?どきりとする。そんなつもりはないのに、そう思わせていた?
「どうして、オレが…オレが、でかいせい?乱暴するって思った?」
あ、今日のは乱暴に含まれるのかもしんない。ひやりと背が寒くなるのを感じると、思うわけないだろと氷室は言葉を強めた。敦は優しいよ、と言って紫原の頬に手を添える。優しかったら、こんなことになってなかったと思ったが口にできない。すん、と鼻をならして紫原は唇を尖らせた。
「…どーして」
もどかしい。優しいと思われているのに、優しくなんかできなかったと自分は思っている。お互い好きなはずなのに、どうしてこうもうまくいかないのか。
「……戻れなくなりそうだから」
どこに、いつに、という疑問はわかない。氷室の考えていたことに、目を見開くことしかできなかった。
自分は氷室を手に入れることを考えていたのに、氷室は自分を失うときのことを考えている。 今までも同じようなことが何度かあった。その度に、お互い望んでもいないのに傷つけあった。 ちゃんと好きだよ。大事だよ。言葉はちゃんと伝わっているはずなのに、うまくいかない。
「…なんでオレらこーなんだろうね」
「こうって…」
噛み合ってないっていうか、と紫原が呟くと、氷室は視線を泳がせた。
「今日のは…悪かったけど…無理させたし」
「…うん」
「けど、オレ、これ以上どーしていいかわかんない。室ちんのこと好きって言ったじゃん。大切にしたいっていったじゃん。どれだけ言葉で言っても駄目なの? …室ちんもオレのこと好きだって、大切だって言ったのに、嘘なの?」
形として繋ぐことも氷室は許してくれない。形として繋いでもいつか別れが訪れると思っている。 だから言葉で繋ぐしかない。元々紫原は自分の思いを躊躇わず話す性格だから、言葉にすることに恥じらいはなかった。
「本当だよ。敦が言ってくれる言葉だって、ちゃんと分かってる」
じゃあ、なんでとぶつけるのは酷だと思った。紫原の思いがどんなものかもしっかり受け止めて、その上で信じることができない。 紫原は付き合いは短いながらも氷室の性格はよく分かっていた。

氷室は言葉でも繋ぎとめれない。何かの形にしても繋ぎとめれない。壊れた未来を想像しているのだ。
でも何とかして心が繋がってると実感したい。キスをして、とねだったのは紫原を失いたくないからだ。殴ってとめることだってできた。けれど、殴れなかったのだ。信じたい、受け入れたい気持ちと、失う恐怖はいつも氷室の心の中で天秤に掲げられている。それを、紫原は見透かしている。
「…先のことが信じれないなら、今しか信じなくていーよ」
そっちの方が、オレも楽だし、と小さな声で言うと氷室は額を紫原の肩においた。

「今しか信じてくれなくていい。それがずっと続くようにするから。嫌なヤるのも我慢する…とは言えないかもしんないけどー…室ちんえろいし、こっちの調子狂わせるし。 でも怒って止めて欲しい。何か思ってるのに、頷かれるのはイヤだ」
「わかったよ、ちゃんと言う」
首を動かして氷室は紫原の方へ視線をあげる。
「絶対ね」
怖くてしょうがないのかもしれないのは自分の方じゃないかと紫原は思う。氷室が自分を眩しい存在のように思っていることを、知っている。 眩しさに離れていく人間は何人も見てきた。ときには理解のできない罵倒さえされた。だから、そんな人間を否定してきたのだ。 眩い光に目を背けて、離れていくのような人間ではないと、信じている。 誰よりもバスケを愛している人間なのだから、眩さを超えて傍にいてくれると信じている。
自分は、背に回されたこの手に引かれて、今日もバスケを続けている。
ねぇ、室ちんはそれさえも自分の枷にしてしまうの?
本当はね、怖くてしょうがなくて、離れちゃうんじゃないかって。だから、大丈夫だって、言ってよ。
こんなことを自分が言ってしまえば、二人はぐちゃぐちゃになる。大丈夫だよって言う人間にならなきゃだめなんだ。氷室をみてきて、思ったことだ。
「オレ、離れないから」
だから、安心してね。額に口づけると氷室が目を細めた。
大事だ、壊れないように、壊さないようにしよう。
「…離れられないよ」
言い終わると冷たい掌に頬が包まれる。同時に唇が重ねられた。

本当に?離れないでいてよ。
今しか信じなくていい。自分の言葉を心の中で唱える。
オレも、今を信じていいってことだよね?


涙のキスはしないと先ほど誓ったばかりだ。
嬉しいから、泣かないし。
涙を堪えるために、瞼を閉じた。


20121202 Everlasting