R-18です。性描写があるため、18歳未満の方は閲覧禁止です。
(10年後の設定/単品でも読めますが、Everlastingの続きとして読めなくもないです)








久々に顔を合わせて、会話を交わした気がすると、二人とも思っていた。 一緒に住み始めたのは一年ほど前だが、お互いの生活リズムはなかなかかみ合わない。 お腹が減ったという紫原に夕食を食べさせ、交互に入浴してから、一日が終わろうとしていた。
「寝よっか」
いつになくご機嫌なのは久しぶりに夜を一緒に過ごせるからだろう。紫原はひょいと氷室を抱き上げて 寝室へ向かった。ドアノブを氷室が回して、紫原がそのまま足でドアを押す。行儀悪いぞ、と氷室が叱るが聞かないふりだ。 すとん、と氷室をベッドの上におろして、紫原もベッドに腰を下ろす。 いつもならじっとしているはずなのに、横たわらせた途端むくりと氷室が起き上がって、綺麗な笑みを浮かべて言った。
「じゃあ、敦、俺まだ仕事残ってるから、おやすみ」
「はぁ?何言ってんの?」
ムードも何も無い。慌てて起きた体を倒そうと体の向きを変えるも、もう遅い。素早くベッドの横に下りて、氷室はひらひら右手を振る。
「な、あとで来るから」
「後でって、どーせ夜通しやるつもりなんでしょ、明日休みでしょ?明日やればいーじゃん」
こういうことは一度だけではない。以前も仕事だから待っててと言われておとなしく待っていたものの、彼が自分の隣に現れたのは深夜というよりも早朝だった。 仕事をするときには集中したいからという理由でなかなか近づけないので、ベッドで一人寂しく待つしかないのである。
「明日、敦も休みだろ?それだったら今日中に片づけて明日二人でゆっくりしたいなって」
だめかな?と首を傾げてお願いしてみるも、紫原はむぅと口を尖らせる。アメとムチってこういうことなんだっけーと小さく言うも、やっぱり嫌だと声を荒げた。
「やだやだ、一緒に寝る!」
ばたんと大の字に寝転んで、足をばたつかせる。いくら特注のベッドでも、2メートル越えの人間が暴れれば悲鳴をあげ、質の良いスプリングが弾む。
やだやだ一緒に寝よう。えっちはしなくてもいいからー。一緒に寝よーよ。
寝転びながらベッドの傍らに立った氷室の腕を引っ張る。
「敦…お前いくつだ?」
「…にじゅーろくだけど」
子どものように駄々をこねる恋人に向かって氷室は呆れながら笑う。 確かに自宅で顔を合わせることができたのは久しぶりで、求められるのは嬉しい。紫原が帰ってきても氷室が仕事をしていて、あとからベッドに入るか、その逆もある。 せっかく一緒に暮らしてるのにさあ、と何度か紫原が不満を零したこともあったが、プロのスポーツ選手と企業に勤めている者ではなかなか仕事が合わない。
「高校生のときのお前の方が大人にみえるよ…」
「それはー…頑張ったんだし」
だからね。いいじゃん。オレいっぱい頑張ったでしょ。
高校生のときの紫原は我慢を覚えて、他人を思いやることも覚えた。大事なものだから壊さないようにと、不器用なりに氷室と付き合ってきた。氷室もそのことに気付かないわけもない。 ずるいと思いながらも、甘えてもいいのならと甘えた。
「そうだな。ごめんごめん」
身を屈めてちゅっと額にキスをするとぱぁっと表情が明るくなるのをみて、しまったと氷室は思う。
「敦、これはおやすみのキスで…」
「いいよ、のちゅーでしょ?」
にんまりと口角をあげた紫原を見て、曖昧に笑うしかなかった。もちろん氷室だって久しぶりに二人でゆっくり過ごせる夜なのだから、したいに決まっている。 ただ、あんまり積極的過ぎるのは飢えているみたいで恥ずかしいのだ。紫原は喜びそうだが、恥ずかしいものは恥ずかしい。 紫原は上半身を起こすと、氷室の顔を両手で包んだ。 大きな掌で顔を包まれてそのまま唇が重なる。こら、と肩を押してみても、びくともしない。いつの間にか、体の向きも動かして氷室と向かい合っていた。 唇から額に、頬に、鼻に、と唇を滑らせて、顔じゅうにキスをされる。
「…あつし、くすぐったいよ」
「え?きもちいーって?」
「ちが…」
さっき、しないっていったのに。意地の悪いやつだとうっすらと目を開ければ、情欲に溢れた菫色の瞳が氷室を捉えている。
「たつや」
きもちよくない?いや?
未だに名前で呼ばれるのは慣れない。呼ばれるたびにどきりと心臓が跳ね上がるし、頬まで血がのぼる。 いい年なのにこれくらいで照れてどうするんだ、とも思うが。
「………いやじゃない」
素直だね、辰也。
頬を包んでいた手に髪を撫でられれば、よりいっそう頬は赤く染まる。 もう言葉にせずとも、分かっているだろうと言いたいところだ。 ここまできてしまえば、拒めない。体も心もとろとろと溶かされてしまって、身を任せれば、幸せの海に溺れることができる。 目を閉じれば再び唇が重なる。小さく空いた隙間からはぬるりと舌がねじ込まれて、奥へ奥へと侵入してくる。 上顎を舐められて肩を震わせれば、一度唇が離れて、は、と息が漏れるのが聞こえた。敦のやつ、かわいい、って思ってるな。仕返しまでとは言わないが、今度はこちらから口づけて、舌を絡ませる。 何も考えれなくなるくらい、呼吸も忘れてしまいそうな口づけは久しぶりだ。
「…こっちおいで」
さすがに紫原が長身といえども、座っていれば、立った氷室が屈まなければならない。体勢のきつさに気付いたのか 長い腕で腰を抱いて、自分の腿の上へとのせる。力が入らないのか氷室はされるがままだ。 うっすら赤く染まったままの頬に、潤んだ瞳をみて、紫原まで頬を染めた。ぎゅうと抱きしめられて、応えるように広い背に腕をまわした。 こうやって抱きしめられるのも、抱きしめるのも悪くないと氷室は思う。安心するし、心地がいい。 高校のときよりも、さらにたくましくなった筋肉を直に感じる。紫原は氷室の筋肉がまた少し落ちたことに気付いて、心配しているようだったが、仕方がないことだと笑った。 自嘲でもない、自然な笑みが零れて自分でも安心する。バスケットボールは、日常からほんの少しだけ遠のいた。今でも大好きだし、愛しているといってもいい。 紫原は、バスケットボールを、ずっと続けている。不思議なことに嫌になることはあるが、辞めたいと思わないという。そう、だから、バスケットボールはほんの少し遠のいただけ。 この優しい掌が、今でもボールを持って、コートを駆けていて、幸せに思うから、大丈夫。 氷室がちゅ、と唇に軽いキスをすれば、紫原は目を細めた。
「もー…なんのおねだり?」
別に、何かをねだったわけじゃないんだけどな、と肩をすくめると、 掌に優しく背をなぞられる。ぞくり身を震わせて声を漏らせば、くすくすと紫原は笑った。
「なぁに、もっと、いろいろしてほしーの?」
紫原は自分の体をずらして、氷室をベッドに寝かそうと腕を動かそうとした。
「あ、まって、もうちょっと、」
こうしていたい。
途端に恥ずかしくなって紡ぐのをやめてしまった。紫原は何が言いたいのか分かるようで、いいよ、と笑った。 駄々をこねられて、願いを聞いたのは自分だったはずなのに、いつのまにか甘やかされている。 甘えて、甘やかされて、その繰り返しだ。そういう関係が大事なんだなと気付いたのはつい最近かもしれない。 誰かと愛を交わすということは、きっと、そういうことなのだと。気付かせてくれたのは、目の前で自分を慈しむ、年下の男だ。 年齢とか、関係なくて、どっちがしっかりしなければいないとかも、なくて。

満たされてるなあと、すりすりと氷室が鎖骨に頬を埋めると、紫原が息をはいた。 息の熱さにも感じてしまうなんて、どうかしていると氷室は思う。
「ね、あとで、いっぱいしてあげるから、ちょっとそろそろ、我慢できないかも」
ごめんね、でも、辰也も悪いんだからね。
掠れた声は耳元で囁かれては頷くしかない。
「……いいよ、俺も」
「ん、気持ちよくしてあげるから」
もっと、思い切りしたっていいのに、優しくベッドの上に寝かせるものだから、いちいちその動きに照れてしまう。 するするとシャツの中に手をいれて、体中をまさぐる。邪魔だから脱がせちゃうねーとシャツのボタンも外された。 昔は一個一個に手間がかかったっけ、なんて思いだしていると、首元を吸われる。
「あっ、跡、つくだろ」
「だいじょーぶだし、気にしなーい」
白い肌は赤く染まり、紫原は満足げに笑って、跡を舐めた。
「ふ、あっ、あ、あぁ」
唇は下へおりて、胸へと辿りつく。ぺろりと舐められると、高い声が自然と漏れる。
「こっちもね、苦しいでしょ?」
「え、あっ、まっ、」
「はは、待たないよー」
氷室の手が宙をさまよったが、紫原に捉えられてくたりとベッドの上に落ちた。 するりと下も脱がされて、露わになった部分をぱくりと紫原は口内に迎えた。ぬるりとした感触に下半身に一気に熱が集まる。 厚い舌にゆっくりと舐められる感触がたまらなく気持ちいい。口を閉じることさえ忘れてしまう。
ちゅうと先端を吸いあげられれば、氷室の目尻から涙がこぼれた。ゆらゆらと手を薄紫の頭に伸し、力なく押して、下半身からどけようとする。
「あ、つ、し、も、いい、から、かわる、から」
震えだした性器から口をはなして、いくつになってもこの人は可愛いなあと紫原は思う。可愛い申し出を受け入れたいところだが、氷室の余裕がないように、紫原にも、余裕はない。
「んー、ありがと。でも、今日はいいや」
え、と氷室は潤んだ瞳で紫原を見る。おれだって、きもちよくしてあげたいのに。どうして、と言いたげな氷室の頭をぽんぽんと撫でて、 紫原はサイドテーブルにある瓶に手を伸ばした。蓋をあけて、液体をどろりと掌に広げて、笑ってみせる。
「いいでしょ?」
頷く前に、腿に触れられる。足にかかっていた下着も全てベッドの下に落とされて、ひやりとした空気に触れた。つめたいのに、熱い。 触る前に舐めたいかも。紫原は腿に唇を寄せて、きつく吸う。腿にも花が咲いたように赤く跡が残ったのを確認したあと、濡らした掌で撫でてやる。 ぬるりとした感触に氷室が身をよじる。熱を放ちたくてしょうがないと訴える性器へと手がうつれば、快感で腰が引けた。そのまま窄まりへと指をうつして、ゆっくりと進める。
「あ、あ、っん、あぁ、」
シーツの上に転がしていた瓶をもう一度手にとって、潤滑をよくする。奥までいれた指をゆっくりと抜き差しすれば、受け入れるように綻んでくる。 ぐるりと指を回して、もう一度往復させる。好きなところを探ってやれば、とろりと性器の先端から蜜が零れた。
「ひぁ、だ、め、っ、あつし、あっ、」
優しくて気持ちよくておかしくなる。今日はとくにそんな気分だった。おかしくなる、こわい。久しく体を重ねてなかったせいか、快感がダイレクトに伝わってきて、熱が体中を駆け巡る。 ぴたりと紫原が動きを止めて、視線を再びにサイドテーブルに彷徨わせた。その一瞬でさえも、止められてしまったらおかしくなりそうで、自然と腰が動く。
「いらない、いらないから」
だから、はやく。声にならなかったものの、紫原は察した。
「えーでも…」
「いいから、お、こったり、しない、から」
紫原が昔のことを覚えているように氷室も昔のことを覚えている。生は駄目だぞ、と高校のときにきつく言われてからその約束を忠実に守っている。
「…分かった」
こくこくと必死に頷く様子からみて、相当切羽がつまっているらしい。足も警戒なく、開ききってしまっている。 紫原は、つつ、と右の指先は氷室の性器をたどらせながら、自分のを氷室の中にゆっくりと押し込める。
「はぁっ、やぁっ、一緒にさわ、る、な、」
「えー。出した方が楽かなって思って」
大丈夫、大丈夫、とあやすように泣き黒子に口づけて、溢れだした涙を舐めとってやる。氷室は縋るように首に腕を回した。 その間も右手を上下に動かしていると、いやいやと氷室が首を振り出した。
「あ、やっ、だぁ、おかしくなる、あ、」
大丈夫だってば、と紫原は思う。何回、何十回、もしかしたら何百回と繰り返してきたことなのだから、これくらいでおかしくはなったりしない。 もうそろそろかな、と敏感な部分を親指で撫でると、氷室の後ろが細かく収縮を繰り返す。熱さと締め付けを感じながら、自身を奥へと押し込めると同時に、
「あ、ひっ、ああ、あぁぁああぁっ、」
掌に熱があふれた。掌の中には納まりきらず、ぐしゅりと指の隙間から白の液体が滲んだ。息をきらして、待って、待ってと繰り返すので、紫原は一度動くのをやめて、顔中にキスをする。 左手で額に張り付いた髪をすくってやると、普段は隠れている左目とも目があった。
「大丈夫?」
「…たぶん、な」
氷室が薄く笑みを浮かべるのを見て、これはまだまだ大丈夫だなと紫原は唇を上げた。
「もー…笑う余裕ないくらいにしてあげんね」
「ちょ、あ、あっあぁっ、はっ、あっ、」
ずくりと奥までいれていたのをゆっくりと動かした。強めに奥まで突けば、氷室のつま先が宙を舞った。 先ほどの笑みはすぐに消えてしまっていて、唇の端からは涎が零れている。ぐるりとかき回すように腰を動かせば、体をしならせて啼く。
「あっ」
一際高く啼くと、紫原が腰を止めた。そしてもう一度ゆっくりと先ほど啼いたところを撫でてやる。ぴくりと柔らかさを取り戻していた氷室の性器が反応した。
「ここも、今日はいっぱい、してあげる」
「えっ、ひっ、ゃっ、あぁっ」
ふっくらと膨らんだその部分を擦ると氷室はぎゅうぎゅうと締めつけてきた。ぽろぽろと涙をこぼして、目元は赤く染まり出している。 呼吸するのさえ難しいらしく、酸素を取り込むために動かしている唇が、はくはくと動く。言葉を紡ぎたそうだったので、動きをゆるめてやる。 久しぶりだから痛いのかな。いや、たぶんそんな感じではないだろうけど。紫原は考えながら、とりあえずどうしたのか聞いてやることにする。
「……どしたの?」
「はぁ、ぁっ、あ、つ、し」
「ん、辰也、どしたの?」
大丈夫だから言ってみて、と口元に顔を寄せると、熱い息が耳をくすぐる。氷室はととのわない呼吸の中で、うっとりとした表情を浮かべて、囁く。
あつし、きもち、いい。
これはいくらなんでも駄目だろうと、紫原は唇を重ねた。その言葉は脳を通り越して下半身に直球して、氷室が目を見開く。
「ちょ、あっああ、あつし、おっ、きぃ、って、は、」
いつのまにか氷室の性器は完全に硬さを取り戻していて、苦しげにとろとろと液を零している。
「あらら、こっちも触ってあげなきゃね」
溢れた熱にまみれた掌で再び握ってやれば、とぷりとまた液が零れた。
はぁ、と息をついて、紫原は片手で氷室の腰を寄せた。体重も少し軽くなったのかもしれないと思う。 筋肉をうしなって少し柔らかくなった体が掌にはよく馴染む。より奥へと突いてやれば、たまらないと言った顔で氷室は喘いだ。 ぐり、といいところにあたるように腰の動きを速める。あ、あ、あ、と背中にまわっている氷室の腕の力が強くなり、つま先も伸ばされていく。
「あ、ァっ、ぁあ…」
またきちゃうかな、と大きく腰をひいて、奥に一気に進めると、 紫原の腹部に熱いものが触れる。視線を腹部へ動かすとぽたりと白の液体が二人の体の間に溢れていた。 熱は一気に溢れることなく、二度、三度と紫原が腰を動かすごとに白い液体が溢れだす。びくりと痙攣しながら、 快感がおさまらないのかうつろな視線で氷室は紫原を見る。
「こっちも気持ちよくなってきたねー、よかったよかった」
つるりと双丘を撫でると、氷室の体が震える。
「ひう、…あ、つしも、」
「うん、オレもちょっと、もー限界だから、ね?」
二度も達したあとでぎゅうぎゅうと締めつけてくるものだから、自分も限界だと紫原は思い切り奥へと進めた。 ちょっと、しんどくさせるかもだけど、と心の中で氷室に謝りながら動きを速める。
「あっああ、や、も、だめっ、ああ、あっ」
「……は、っ」
「あっ…あ、や、ぁ、あっ―――あぁっ、熱、っ――ぁっ」
どくりと熱いものを放てば、びくりと体を震わせて氷室がきゅっと目を閉じた。氷室はどろりと自分の中で長い間熱が溢れるのを感じた。紫原は腹部に生温かな液体が広がる感触がして手を滑らせる。どうやら氷室も、もう一度達したらしい。 それに気付いた氷室はとろんとした顔のまま、視線を下へうつすと羞恥のあまり慌てて視線を外した。
「…あ、」
まさか三度も達してしまうなんて、とぼんやりした思考の中で考える。昔こそはそれだけしたことがあるものの、最近はあまりなかったので、お互いに驚いてしまう。 互いの息がととのうまで、動くのをやめて、見つめ合う。赤くなった目元にキスをして、左の手で髪を撫でてやる。 右の指でお互いの腹に広がる白をすくえば、ぶるりと震えて、耳まで真っ赤にした。
「…そんなに気持ちよかった?」
氷室は黙ったまま頷く。気がおかしくなるくらいに、気持ちよかった。
「…ごめん、汚したな」
「んーん、うれしーし」
そのまま軽い口づけをする。このまま眠ってしまいたい。朝まで繋がって抱き合いながら眠れたらいいのに。 お互いそう思っているに違いないが、中に出してしまったのだから、後処理をしなければならない。
「…抜くね」
「あ、ぅ、ん、っ」
出ていく瞬間はとても名残惜しくて、腰がかってに後を追ってしまう。紫原は誘ってんの、と笑うので氷室は顔を真っ赤にして首を振った。とぷりと、紫原が吐き出したものも溢れてきて、ぶるりと震える。
やらしい光景だと危うく凝視してしまいそうになりながらも、紫原は慌ててベッドからおりて、散らばっている衣服をかき集める。
「お風呂、はりなおすから、ちょっと待ってて」
「……悪いな」
俺がやるよと言いたいところだが、さすがにさっきの今じゃ立ち上がるのさえままならない。 今瞼を下ろしたら眠ってしまいそうだ。失神しなかっただけでも、よかったと思う。今日の夜をまだまだ一緒に過ごしていたい。 そうだ、と思い返して、バスルームへ向かおうとドアノブに手をかけた紫原を呼びとめる。少し体を動かすだけでも、紫原のものが溢れだしてしまうので、上半身だけを動かした。
「敦」
「なにー」
紫原がくるりと振り返ると、べったりと腹部に広がる白が目に入って思わず俯いてしまう。床が汚れるだとか、拭いてくれだとか言いたいことは山ほどあるが、自分のものであるし、何とも言えない。
さっき、いったこと、覚えてるか?
小さくもごもごと氷室が言えば、ゆるりと微笑んで、手を伸ばす。
「いっぱいぎゅってしてー、辰也が寝るまで起きててあげる」
たぶん今日は辰也のほうが疲れてるからすぐ寝ちゃうよ〜、と頭を撫でられて、氷室は力が抜けてしまう。 自分の方が、いくつだろうと。 それでもこの心地よさから抜け出せることも、手放すことも考えておらず、重い腰をさすりながら、与えられた甘さに浸った。 羨んで、憎くて、どうしようもない気持ちを持て余すこともあった。あれがもう十年も前の話だと思うと、月日の流れは早いなと思う。 出会った頃には想像していなかった関係になっていたし、お互いに随分と変わったと思う。 与えられる甘さを素直に受け取ることができるし、返すことだって出来る。急に今日思ったわけじゃない。共に過ごしていくなかで、ゆっくりと確かなものになった。 情事の後に途端に冷静になっても、悲しくなることはない。これで終わりなんて思わない。 大丈夫だよとあやすようにかけられた言葉が、無くなったって、きっと信じれる。
紫原に言えば、何と言うだろうか。長かったって呆れて笑うだろうか、知ってたよって言うだろうか。
部屋へと戻ってくる足音を聞きながら、氷室は早く抱きしめられたいな、とあの長い腕に思いを馳せた。




20121209 追いかけっこはもうおしまい