ばばばば馬場




※左目について捏造しています。


居残り練習を終えて、黙々と着替えている室ちんを横目でじっと見ていた。 気になっていることがあったからだ。

体育館の外で蝉がみんみん鳴いてて、東京に比べたら暑くはないのかもしんないけど、暑くて。 そんな日に、涼しげな顔して、室ちんは現れた。 綺麗、弱そう、小さい。見た瞬間に思い浮かんだのはそれぐらい。 自己紹介後のゲーム中には、バスケはまぁまぁ。 帰り際にアメリカのお菓子をもらう約束をして、優しいかも。 どんどん室ちんの印象は付け足されてく。 綺麗に笑うけど、ちょっとつくりものっぽい。 驚いた時のリアクションは外国人みたい。 英語の筆記体は綺麗で、漢字はそんなに綺麗じゃない。試しにオレの名前書いてみてよってからかったら紫原が書けなくて、柴原になっていたときは笑った。そしたら室ちんが怒ったのか照れたのか知らないけど、ボールペンをぶっ飛ばした。床に叩きつけられた ボールペンが分解してバネもぶっ飛んだ。オレよりも手が出るの早い人かもしれない。オレの脳味噌に蓄積されてる室ちんに上書きしておいた。
最近知ったのは首にかかっている指輪の理由。兄弟の証、らしい。兄弟やめるとかやめないとかをバスケの勝敗で決めるのに理解できなかった。バスケと一緒にする意味が分からないけれど、室ちんにとっては大事なことらしい。
じっと見ていると、何だと言いたげな顔をされた。くるりと背を向けてTシャツを脱いだ。 白のTシャツからすぽんと首がぬける。同時に黒の髪がふわりと舞う。首を振って、片手で、前髪を抑える。いつもの仕草だ。室ちんの左目を、オレは見たことがない。
「ねぇ室ちん」
「なんだ?」
こっちを見た室ちんの髪は少し汗ばんでるものの、いつも通り左目は覆われているし、何故だか爽やかさもある。
「…かみ」
「え?」
それ、と前髪を指差すと、それ?と復唱された。日本語にまだ慣れていないのか、気づかないふりをしているのかはまだ見抜くには自信がない。
「だーからー、片目隠れてんじゃん。うっとーしくないの?」
「………ああ、昔からこれなんだ。だからあまり気にならないけど」
「バスケのときも?」
「気にならないよ。敦も髪の毛長いじゃないか。バスケするとき邪魔じゃないのか?」
「べつにー。じゃまになったら一つに結ぶけど―、そこまでする必要ないし」
「…そうか」
いつか見れるかなぁというつぶやきが聞こえて、言おうと思ったことがある。 けど、言わなかった。
「ていうか、オレは目は見えてるし。室ちんは見えてないでしょ、それ。雅子ちんに何も言われないの?」
「…大丈夫だよ。敦、待たせたな。帰ろう?」
何が大丈夫か分かんねーし。別に待ってもねーし。話をしようと思えばいくらでも出来たけれど、これ以上聞くのは無駄だと思って、大人しく立ちあがった。






不思議だった。バスケをするのに、あの髪型は不便だ。コートの中で瞬時に認知をして、頭を働かせなければいけないスポーツなのに。 片目より両目の方がいいに決まっているし、視界が良好の方がいい。おしゃれじゃないかって誰かが言ってたけど、バスケのためなら、何かを犠牲にしてもよいと思う人だから、余計に不思議だった。
髪を結った試合から、半年が経とうとしていた。
『室ちん相手に、全力出すことなんてないから、見れないんじゃない。』
あのとき、部室で、この言葉を噤んだこの口を褒めてあげたい。 今もその考えは変わらない。室ちん相手に髪を結う必要なんてない。室ちんが下手だとは思わないけど、オレには勝てないから、全力だす必要もない。

けど、全力でやらなくちゃいけなくて、髪を、結んだ。室ちんが、あまりにも必死だったから、という理由にしてる。 そこまで本気になったのに、結果が負け。馬鹿みたいなことをしたのに、また今年も戦いを臨もうとしてるんだから、本当に馬鹿だ。

「…ねー、室ちんってば」
「今忙しいからあとで」
まだ何も言ってないのに。 部屋に来たというのに、最新号だからと雑誌から目を離してくれなかった。 室ちんは、ベッドに腰掛けて、注目選手!という大きな文字が書かれたページに釘付けだ。 仕方なく横に座って、そのページを眺めていた。
「オレさー」
「………うん」
あ、話聞いてない。適当な相槌に気がついたけど、開き直って喋り続けることにする。
「…髪、切ろーかなって思って」
「え?どうしたんだ?急に」
勢いよく顔を上がった。室ちんの気をひくことも上達したように思う。 室ちんの髪は、あの試合とあまり変わっていない。思いたったときに、自分で切っているのだという。
「んー…。もーすぐ、インターハイ、じゃん」
室ちんが雑誌から手を離した。ぱらぱらとページがめくれていって、地面に落ちていった。膝の上に座られて、向かい合わせにドキドキする。 雑誌をめくるのに熱心だった指先が、長く伸びた前髪を持ち上げた。
「…インターハイだから、切るのか?」
にこりと笑って、首を傾げる。意地悪のときの顔だ。
「2回も言わない」
そうかぁ、と言ってるのは、たぶん、去年のことを思い出してる。部室でのことか、あの試合のことか。どっちもか。 右目がとても嬉しそうで、ちょっと悔しい。
オレの髪をすくっては、さらさらと落としていく。室ちんはこれをするのが好きらしい。キスするときだって、髪に手をいれては、撫でてくる。
「勝ちたいよな、勝とうな」
「あーもーやっぱ今のなし!」
「はは、ごめん、意地悪だったか?」
「………いーけど。……勝つし」
嬉しいよって、室ちんは小さく言って、おでこにキスされた。うまく引き下がれば、ご褒美のキスが貰えることも、ちゃんと覚えた。
「短い髪の敦も見てみたいけど…髪の長い敦も好きだよ。髪束ねる敦も好きだし。敦の好きにしたらいい」
「…うん」
髪をさわっていない手も伸びてきて、頬を掴まれる。次は鼻にキスだ。 目をつぶっても、気配でわかる。顔が近づいてきて、ぺたりと唇が鼻に触れる。
ああ、聞きたいことがなかなか聞けない。きっと、気付いているんだろうなと思う。
「で、どうしたんだ?突然?」
いいよ、言ってごらん。屈めてる首元に唇をよせて、囁かれる。きゅっと喉の奥がつまった。 言いたいけど、言えない。聞きたいけど、聞けない。思うのは、あの時聞いてた方が、 もっと気持ちが楽だったかもしれないということだ。 一緒に居すぎて、何かの拍子に壊れそうなところまで、オレは知ってしまった。
「室ちん、」
喉の奥で言葉がひっかかっている。もしも、言おうと思っていることに頷かれたら。 オレは室ちんのことをかわいそうだと思うのかな。
「………室ちんは、」
室ちんの左目、あのとき部室で背を向けられたとき、見られたくないんだと思った。見ようと思えば、お風呂場だって、一緒の布団に入ったときだって、見れた。 そこまでする気にはなれなかった。
「室ちん、さぁ」
「何回言うんだよ」
室ちんのおでこが鎖骨らへんにあたる。ふふっと笑って、息があたるのが分かる。
「大丈夫だよ、オレ、今の敦になら聞かれても、平気だよ」
大丈夫をこの人は何回繰り返してきたんだろう。今のは、ちゃんとした、大丈夫だ。 前髪にキスすると、肩が跳ねた。遠回しに言う?率直に言う?今までの自分なら、こんなことも考えなかったのに。
「室ちんは、」
「…うん」
何て言おう。答えがきたら何て言おう。さっきから、オレ同じことばっか考えてるじゃん。 笑えばいいの。そうなんだって言うだけでいいの。泣きは、しないけど。 それでも知りたいという欲求は止められないのだから困る。きっと、知らないものに気付けたら、またひとつ大事にできることが増えると思う。 だから、喉を、開いて。

「こっちの目、見えない?」

こっちの目って、どっちの目だか分かんねぇじゃんとか、やっぱり違う言い方のほうがよかったとか、思うことがたくさんあって、沈黙が苦しい。 雅子ちんは、何も言わない。オレの髪には文句言うくせに。福井サンに言われて、曖昧に笑ったのも見たことがある。その後、二人で話してたのも、知ってる。
鎖骨にある頭が小さく揺れて、腰に腕を回した。
「少しだけなら、見えるんだけど」
右目とね、全然違うんだ。昔からだよ。気にすることじゃ、ないけど。隠れてる方が落ち着くから。
肩に手を置かれたから、ちょっと腕の力を緩めると、前髪をかきあげて、左目が露わになる。 右目と同じように見えるけど、違うらしい。結局色々考えたのに、そっか、って言うしかできなくて、腕に力を込めた。 秘密を知るのは心が重くなる。きゅっとしてた喉がゆるくなっていくかわりに、胃のあたりが重くなる。

かみさまがいるなら、ほんとうにひどいやつだ。だから、かみさまなんていないと思うことにした。ひどいやつだなんて、おもうことが、むろちんにとってひどいことなのだ。ん、思わないでおこうっていう方が、ひどいのか?だめだ、分からない。
とりあえず、かみさまはいない。

そういう結論に至っても、くっついて、このまま一つになっちゃえば、見えるようになるのかなんて、ありえもしないことを考えたりして。
あまり長い時間抱きしめてると、それはそれで、いろいろと、まずいこともある。腕の力を緩めて、室ちんの肩におでこを置く。首痛いけど、この格好結構好き。
「何で聞きたかったかっていうとね」
「ん?」
「知りたかったっていうのも、あるけどー、言えないようなことなのかなぁとか。心配とか…も、するし。オレねぇ、色々考えてばっかいんの」
「…知ってるよ」
「嘘だー」
「知ってるって、言ってるだろ!」
「うわ、肩揺らすのは反則ー」
がくがく揺さぶれてたのを急に止められたから、おでこと顎がぶつかった。
「ってー…」
「…ごめん」
いいよの代わりに頭を撫でる。怒ったか?って眉毛を下げるから、ううん、怒ってないよって首を振る。室ちんといると、いそがしい。
「失敗するときもあるし、面倒だし、オレが何でそこまでしなきゃいけないんだろーとか思うときもあるし」
「正直だなあ」
「それでも、考えちゃうんだよねぇ。……好きってそういうことなんだろーね」
正直でしょ?耳元で言えば、唇を曲げて、負けたって顔をする。 絶対今、バスケのこともそれくらい考えてる?って言いたいのを我慢してる。
「失敗したときは、言ってね」
あのときみたいに、泣いてもいい。
「敦は優しいなあ」
「…べつに」
「大好きだよ、敦」
ほら、そうやって、たっぷり甘い言葉をくれるのだから、たぶん室ちんのほうがやさしい。



20130217 ひみつのはなし

(左目について、いくつか考えて、1.みえない 2.きず 3.かくしたい 4.なんとなく....と4パターン中の1つめでした)