なんで大切な人との時間はすぐに過ぎてしまうんだろう。どうしていつまでも一緒にバスケができないんだろう。 冬も終わりを告げ、暖かな日だまりの下では、嗚咽する声と笑う声が混じっていた。送ったメールに返信はない。来なかったらどうしよう。 体育館裏に行くと、手の中の筒を宙に投げながら、笠松先輩が「遅ぇぞ」って怒った。怒られるのは久しぶりで、懐かしくて、思わず涙が出そうになった。今日は俺が泣く日じゃないのに。
「最後くらい女子に呼び出されてみたかったんだけどな」
「どっちがよかったっスか?」
「ん?そりゃ、お前だよ」
コン、と筒が頭を叩く。なかなか固くて痛い。少し下からの視線。やっぱ俺の高校生活は最後までバスケなんだなって思うよ。自嘲気味ながらも、顔はとても嬉しそうで安心する。 制服を着て、こうやって話せるのも最後だし、先輩に頭を叩かれるのだってこれで最後だ。
「体育館裏に呼び出しってありえねーとか思ってたけど、」
「されたことあるッスよね。1回くらい」
「話は?さっさとしろ」
「無視しなくてもいいじゃないッスか…」
ひゅぅん。風が吹いて、ばさばさと木が揺れる。開花を待つ桜の蕾が降ってくる。嫌だ、日常にこんなできすぎた演出はいらない。
話っていうのは――。続けることができなくて代わりに息を吸い込んだ。参ったなあ。俺がどんなに顔を歪めたりしても、先輩の顔は絶対に変わらない。 沈黙は嫌いだ。どうせなら喋っていたいし、楽しんでいたい。
「卒業式どんな感じだったんスか」
「フツーだよ。色んなとこのお偉いさんの話聞いて、証書もらって、代表が挨拶して、歌っただけ」
「楽しかったーしゅうがくりょこーみたいなのって、高校ではないんスかね?」
「ねーよ、そんなん。あんなん小学校までだろ」
「そ、っスよね」
「ああ、そーだよ。…あんな式で、終わりなんだもんな。こんな紙1枚で、俺の高校生活、終わったよ」
ぶらぶらと筒が揺れている。紙1枚で、3年間が終わったといわれてしまう。 そんなものでは到底語りきれない3年間なのに、世間からみたら所詮そういうものなのだろう。
「先輩、俺、」
深呼吸をした。うまく表情がつくれない。笑ってくれ、笑え、頬の筋肉、頑張れ。 先輩、せんぱい、何度か繰り返しても強い声にはならなかった。
「…言わなくても、わかるけどな」
そんな、分かるはずがない。だって、言いたい事がたくさんある。言いたいのに、言えない。首を振ることしかできない。 お前は本当に素直なやつだなあ。先輩の手が伸びて俺の髪をぐしゃぐしゃに撫でる。俺より小さいのに、大きいと思う。

エースって言ってくれて嬉しかった。信じてくれて嬉しかった。練習が楽しくなった。試合が楽しくなった。バスケが楽しくなった。チームが好きになった。みんなで勝つのが嬉しくなった。 一緒に笑いたいと思った。俺の知らない強さを教えてくれた。もっと一緒にバスケがしたかった。先輩が先輩でよかった。先輩が主将でよかった。先輩に会えてよかった。海常にきてよかった。いつもなら勢いでうまく喋れるのに、最後なんて大嫌いだ。

黄瀬、と呼ぶ声が震えていた。一瞬だけ揺らいだ瞳に吸い込まれそうになった。でも、一度だけ瞬きをしたら元通りの瞳になる。コートの中と変わらない瞳だ。

「ありがとうな」

髪に触れていた掌が首に回る。先輩、ブレザー濡れてもいいっスか?なんていったらムードぶち壊すからいわない。肩に額をおくと、思い切り背中を叩かれて思わず声を出しそうになった。 痛みと寂しさを、また前に進む力に変えて。俺は、この温もりを、強さを、後輩に渡そう。


20120902 つよいひと