「I love you,too」

積み重ねられたハンバーガーの向こうで言った言葉を黒子は聞き逃さなかった。今、何て言いましたか。思わず言いそうになったほどだが、 電話を遮るのは無礼だし、行き場のない口でストローを噛んだ。数分前からかかってきた電話に、火神はすぐ終るから出てもいいかと尋ねた。 相手、誰ですか、と聞きたいところだったけれど、さすがにそれは思いとどまって、頷くだけににしておいた。
電話に出たかと思うと、それはそれは流暢な英語から火神の口から発せられた。大体相手は予想がついたが、それでも火神の表情や言動が気になった。聞きとれるたのはバスケットボールくらいで、残りは、あぁとか、いぇーとか、単語ともいえないようなものばかりだった。 会話の勢いがおさまって、話の流れも緩やかになった。そろそろ終るかなと思った途端に、それまでとは全く異なって、とても明確に聞こえてきたのだ。I love you,too.と。 電話の最中も食い入るように見つめていたけれど、火神の表情は普段と変わりはなかった。声を荒げた時に上がる眉も、困ったときに頬を触っているのも、全部普段と同じなので黒子は安心していた。 それでも最後は違ったのだ。目を細めて、愛しむような声で言った。あい、らぶ、ゆー。アイラブユー。英語は得意ではないが、意味くらい知っている。 こんな表情を僕は知らない。欲しいと直ぐに思った。あの顔と、あの声が、欲しい。僕の知らないあの表情を知っているのは誰なのだろうか。 そうこう考えてる間に火神が電話を切った。ふぅーと息をつく。折り曲げていた腕を伸ばして、やっとハンバーガー食えるぜという表情をして、目の前の一つに手を伸ばした。 もちろん、その指先にも黒子は視線を送った。

「そんな見られたら食いにくいんだけど」
「電話終わりましたか?」
「終わったよ、見りゃわかるだろ」

ハンバーガーはすぐに火神の頬に押し込められる。小動物のように頬を膨らます姿を可愛いと思う。 本能のままに生きる。その中に、きちんと自分が居る。火神はそう思わせてくれた。だからたまらなく愛しいし大切だ。

「何だよ黙って。怒って…怒ってはねぇか」
「考えごとをしてました。あと、怒ってはない、と思います」
「考えごと?」

ハンバーガーは残り一つだ。これが全部なくなったら聞いてみよう。大丈夫、時間はそんなにかからない。

「気になることがあったので」
「気になることって?」

最後のハンバーガーを口に放り込み、ぺろりと指先を舐める。そろそろ黒子のバニラシェイクもなくなる。

「I love youの意味を教えてください」

火神みたいに綺麗な発音にはならなかった。アイラブユーを教えてください。日本人が発する英語だった。 ああ、なるほど、と火神は思った。

「想像に任せるわ」
「僕の知ってる範囲では、愛してる、ですが」
「さっきの電話の相手はアレックス。昔からよく言ってただけだぜ。家族みたいなもんだからな。そんな関係じゃねーよ」
「質問と回答がずれてますよ」
「食い終わったし外でよーぜ」
「火神くん」
「待てって、教えてやるから」

何か企んでいるというのはすぐに分かった。幼いこどもがいたずらをたくらむような顔だ。 ありがとうございましたーと、高い声に背を押されて外に出る。生ぬるい風が頬にあたった。 しばらく歩いても火神は何も言わない。その間黒子も何だか話をする気分にはなれず、空を見たり、走っていく車を見たり、行き交う人を見たりしていた。 月が雲に隠れている。あの車の中ではどんな会話がなされているのだろう。今から帰る人は、誰のもとへ帰るのだろう。 そういう風に周りをみることで、心を落ち着かせるのは得意だった。目の前の信号は、青が点滅している。ちょうど自分たちが渡ろうとした瞬間に赤になった。

「よーし、耳貸せ」

心臓が高鳴る。暗がりで火神の顔はよくみえない。黒子は少し安心した。
「身長差、分かってますよね?そこは火神くんが屈んでくれないとどうにもできません」
「ああ、そうか」
耳元に火神の顔が近寄る。火神が弱気であれば、強気で臨めるのに、いざ、向こうが何かをするとなると恥ずかしくてしょうがないものだなと思う。 呼吸をする音が聞こえるだけで、全身に電流がながれたような気分になる。

「I love you,Tetsuya」

彼の素直さは時に残酷だ。それでも、I love youの破壊力はとんでもなかった。心臓が脈を打っているのも、血液が動いていくのが分かる。
「ほら、返事は?さっきの話聞いてたんだろ?」
だから火神くんは困るんです。声を大にして言ってやりたい。もうこの際だから唇を塞いでしまいたい。でも、どうせなら彼が笑ってくれる選択肢を選びたい。 こんなときでも冷静さを取り戻せる自分でよかったと自負した。

「…I love you,too」

これから先も、火神くんにしかこんなことは言わない。差し出された拳に、せめてこの熱が伝わればいいと、思い切り拳をぶつけた。

20120903 私はあなたが大切です