ガキは苦手だった。うるさいし、泣くし、喚くし、飽きたらすぐに投げ出してどっかいってしまうから、どう接していいのかが私にはわからなかった。 今思えば勝手な考え方だと呆れてしまう。そんな自分があの日、タイガとタツヤに出会えたことを幸運に思う。 バスケが楽しい。もっと上手くなりたいんだ。だから教えてよ。赤い髪のこどもがたどたどしい英語で話す。黒い髪のこどもが僕らは真剣なんだと赤い髪よりも滑らかに話した。 あんまり熱心にいうもんだから仕方なしに引受けてみると、月日がたつほど二人はたまらなく可愛いくなった。愛情を注げば注ぐ分、二人はバスケットでも応えてくれたし、何よりも形には見えないけれど、私を信じてくれているというのがよくわかった。 ああ、とっても幸せだ!声をあげて、跳びはねて、駆け寄って、キスしてやりたい!そんな衝動に駆られては、行動したり、しなかったり。でも、今日はキスじゃなくて、違うことをしよう。 そう思い立てば、自然と口が二人の名を呼んでいた。

「Tatsuya,Taiga!」
声をかけて、二人がすぐバスケットをやめる率は極めて低い。二、三度大きな声をだすと、タツヤがストップをかけて二人で駆け寄ってくる。
「うん、まだまだだけど、やっぱりうまくなったな」
「なあ、アレックス、さっきのプレイさ、タツヤ何した?俺、一瞬で分からなくって…」
「こら、タイガ。またすぐ聞いたら意味ないだろう。一回自分で振りかえる癖をつけないと」
しゅん、と項垂れるタイガにタツヤも負けたのか「あとでもう一回見せてあげる」と笑った。 タイガはあれは何?これは何?と日常でもタツヤに質問攻めだ。 バスケットでも、今のプレイは何?、何でできないと思う?と尋ねることがとても多い。なんだなんでなんでばっかり、うるせぇ!と一度喝をいれたこともある。 そのときもだって…と頬を膨らますタイガに、「じゃあ、一緒に考えような」とタツヤは腕を引いた。
「タイガ、タツヤ、強くなりたいか?」
「うん!」
「もちろんさ」
「じゃあな、今日は強くなるオマジナイを教えてやろう」
「…I'dont wanna kiss」
「Really?」
同時に言った声はタイガの方が大きかった。目を輝かせて早く教えてくれと騒ぐ。強くなる、うまくなるに過敏に反応する。タイガは始めの頃よりも見違えたかのように上手くなった。 それでもまだタツヤの技術には及ばないが、パワーがある。目の前をこじ開けていく力がタイガにはあった。
「I believe.」
バスケだけに関してのことじゃない。心も強くなるように。お前たちを大事に思う人がいることを忘れないために。 決して重荷にするためじゃない。いつか、支えになれば、そんなに幸せなことはないだろう。

「I love you, Tatsuya」と囁いて黒い髪を撫でるとタツヤは薄く笑みを浮かべた。タツヤはタイガに比べて表情は豊かではないから感情を読み取りにくいけれど、嫌がってはいない。 愛想笑いじゃないその笑みが何よりもの証拠だ。
「I love you, Taiga」と囁くとタイガは顔をみるみる真っ赤にさせて、「なななな、何言ってるんだよ!これで強くなれんのかよ!?」Tシャツを引っ張るタイガは、やっぱりまだまだこどもだ。
「落ち着け、だからよく考えろってお前は言われるんだ」
頭を掴むと、わぁっと抗議の手があがる。それでも膨れたままの頬で何か考えているらしい。 なるほど、タツヤが頑張るのも、分かる気がする。こうなると、やはり思いを伝えるには言葉が一番らしい。

「私はお前たちが大好きで、大切で、しょうがないんだ。私にとって、お前たちに贈るには一番相応しい言葉だよ」
みるみる表情が変わって、高く高く飛び跳ねる。その横でタツヤが数回瞬きをして、ゆっくり笑うのがみえた。
「そっか!そういうことか!よーし!」
にっこりと笑うとそのまま駈け出してしまう。タイガは豪快に笑う。歯を思いっきりみせて、嬉しいんだという事がこちらに伝わるように笑う。見てて気持ちがいいものだ。
「おー、さっそく練習か。いいことだ」
「…どうしたの、アレックス、珍しいね」
タイガの後を追わなかったタツヤは、もう先ほどの顔はどこへやら、澄ました顔で聞いてくる。相手の意図を考えるのはタツヤのよいところでもあり、悪いところだけれど、 今回はただ純粋に理由を知りたがってるように見えた。
「お前たちがもう少し大きくなったらこんなこと言ってもちゃんと聞いてくれないと思ってな」
「いくつになったって、大切なことくらいは聞くさ」
「どうだろうな。じゃあ…いくつになっても返事、してくれよな」
そう言って肩を叩くと、「それはわからないけど」とタツヤが笑った。
私を救ってくれたお前たちに、言ったように。いつかお前たちが救われる誰かに、救いたい誰かに言える日がくるのならこの上なく幸せだよ。
「ターツーヤー!」
数メートル先まで走って行ったタイガがくるりと振りかえる。大きく手を振って、今度はこちら側に走り出す。 「何する気なんだろう…」と呟いたタツヤにタイガは真っ直ぐ向かっている。タイガが近づいてきた瞬間、ああ、まだまだ心配しなくても大丈夫じゃないかと思わせてくれる。
「わっ、ちょっと、」
タツヤより少し前のところでふみっ切ってタイガはタツヤのもとに跳び込んだ。満面の笑みと、ありったけの思いを込めているであろう、言葉をのせて。
「タツヤ!アイ!ラブ!ユー!」
「え、僕にも?」
「だって、強くなるおまじないだろ!?俺らも一緒に言ったらもっと強くなれるって!」
「…アレックス、これはちょっと違うんじゃないかなあ」
「どこが?サイコーだよ!」
返事は、タツヤ!とせがまれて、「しょうがないなあ、タイガは」とタツヤは笑った。タイガにだける見せる顔だ。 私がこの二人が可愛くてしょうがないように、タツヤだって、タイガが可愛くてしょうがない。
「I love you,too」
どこまでもどこまでも高いところを目指すのが羨ましくも思った。どうか、限界なんてまだ決めないでくれ。真っ直ぐ思うがままに歩めばいい。 それでも、どうしようもできないこともあるだろう。スポーツは時に喜びを、仲間を、希望を与えてくれるのに、時には残酷な牙をむく。 愛すれば愛するほど、牙は深く突き刺さる。その牙が二人を引き裂こうとも、形を変えて再び繋がっていられるように。お前たちは一人じゃないんだ。 まあ、今はまだはやい。そんなこと気にしなくたって、顔を見合せた愛しい子たちの声がすぐそばで高らかにあがる。

「Alex!I love you!」

20120909 かみさまのおくりもの