おかしなくなっちゃったから、コンビニ行こうって誘ったら室ちんは大体付いてきてくれる。今日は午前練だけだったし、暇してたっていうのもあるせいか、室ちんはすぐに「いいよ」と言って 部屋からでてきてくれた。それでも、外にでると、まだまだ真っ暗な中に真っ白な地面が電灯で照らしだされていた。それだけじゃないぞと言わんばかりに冷たい風まで顔にあたる。 「敦…これは…おかし、なしにしようか。…わかったよ。待って、行くよ。せめてマフラーを…!」なんて戻ろうとするから無理やり引っ張って歩いた。 コンビニで買ったのは俺はおかしとカップラーメンと、飲み物と、その他いろいろ。欲しいと思ったのをかごに入れて、室ちんは飲み物だけ買っていた。 今日のメニューはどうだったとか、明日はどうするとか、課題はできたか、とか。何ともない話をしてると、どっからか携帯のバイブの音が聞こえた。周りのことに興味なんかもたないけど、耳がかってに拾う音は多くて嫌になるときもある。 「…なんか音してない?」 「ん?」 ポンと室ちんがコートのポケットを叩いた。何だかわざとらしいから、気付かないふりをしてたんだと思う。 「…ああ、電話だ。でてもいいかい?」 「いいよー」 電話にでてもいいかって聞くのが室ちんらしい。これくらいはマナーだそうだ。 はぁっと息を指先にかけて、通話ボタンを押すと、高い女の声が聞こえてきた。 なんだか時間かかりそうだな。今なら食べ歩きも怒られないし、さっき食べたお菓子食べちゃおう。 雪道でぼんやり歩くのは危険だよとか言ってたけど、自分だって電話しながらじゃ危なくない? 電話に出てからの室ちんは最初か何か話してたけど今はもう適当に相槌を打ってる。やれやれ、みたいな顔をして。しばらくすると今度は室ちんが喋りだした。 「...I'm not a child. You know.」 室ちんは何だか知ってる英語を話して、悪戯っぽく笑った。室ちんが英語を話すのは嫌いじゃない。最近は独り言でしか言わないけど。 声だって少し低くなるし、英語の方がすらすら話してる風に聞こえてるから、お喋りな感じがして、少し面白い。 高い女の声が電話の向こうから何か言ってる。たぶん英語なんだろうけど、それさえも俺にはわかんないくらい早口で話しているから、言語として捉えられない。 盗み聞きはだめだよ、と一度だけ怒られたことがある。何か食べ物を貰いにこうと思って部屋の前に立ったら、声が聞こえてきたから入るのをやめて、ドアに耳をあてた。 ちゃんとは聞こえなかったけど、室ちんの声はちゃんとわかった。おぅ、とかわぉとか言ってるから多分英語で、英語だったら電話だろうなと思った。この学校で、誰かが英語で室ちんと話しているのを俺は見たことがないから。 しばらく張り付いてたら、ドアが急に開いて、後ろにひっくり返ったんだっけ。中から室ちんが顔だけ出して、盗み聞きはだめだよと言って、頭を撫でてまた中に入っていったんだった。 だから、今回は聞いてるのがばれないように前を向いて歩いた。これだと、室ちんの口は俺の耳からだいぶ離れてしまうから、ちょっと聞こえにくいんだけど、しょうがない。 ばれないように体を傾けないことが大切だ、と思っていたんだけど。 「―…―…、――…―? I love you, too.…OK?」 びっくりして、まいう棒を口に突っ込んだまま室ちんの方を向いたら,もう電話は終ってた。「お行儀悪い」と言われたのでとりあえずまいう棒を食べきることにした。 この複雑な気持ちも込めて、さくさくさくさくさくさくさく。アイラブユー?それって、愛してるってやつでしょ。俺でもわかるんだけど。誰にそんなこと言ったのさ。 食べ終わってもう一回室ちんの方をみたら、今度は「口」と言われたので袖で拭った。 「あのさ室ちん」 「ん?」 「愛してる人がいるの?」 「あいしてるひと?」 日本語と英語のスイッチがまだ変わってないのか室ちんがしばらく黙ってぽん、と手を叩いた。 「あ、敦。また電話聞いてたのか」 「聞いてたじゃなくて聞こえたんだよ、俺悪くないしー」 「愛してる人じゃないよ、アレックスだよ」 「それってシショウでしょ。そういう関係なの?」 「違う違う、家族みたいな感覚だよ。ほとんど一緒にいたからさ」 「それ、他にも誰かに言ったことある?」 「そりゃ、あるけど…」 困ったなあって表情をみせるのが室ちんはとても上手だけれど、そんなのを気にする俺じゃない。 「男が男にいうの?」 「うーん、家族みたいな感覚でって感じかな」 「ふうん。タイガにも言ってたんだ」 室ちんがぴたりと動きがとまるときは、次の表情を考えてる時か、何を言うか考えてる時だ。 かしこい頭だからそんな様子は一瞬しか見せないけど、この半年くらいで気付いた癖だと思う。 俺は過去なんてあまり気にしない。誰がどう生きようとそれは誰かの自由だし、俺だって自由に生きるのが好きだし。 だから、過去にとらわれている人をみると、大変なんだなとか、めんどくさそうとか思ってしまう。 「室ちん、ちょっとこっち!」 きつくは引っ張り過ぎないように、腕をもって、ぐんぐん進む。 「ちょっと、帰らないのか?」 「すぐ終るから」 まっすぐ行けば寮に帰れるけれど、右に折れたら、木に囲まれた公園がある。ぼろいベンチと、鉄棒があるくらいで、他に遊ぶものはあんまりない。 運動部のやつらでたまに自主練に使っているやつもいるらしい。でも今日は雪がまだ残ってるし、誰もいなかった。 「急にどうしたんだ?」 「いーいーかーらー」 肩をぐって押して何度も念を押すと、頷いておとなしく立ってくれた。少し靴が雪にめり込んでる。周りに人はいない、練習に響くようなこともしない、室ちんが怒りそうなポイントは、とりあえず見当たらないから大丈夫。 「タツヤ、アイ ラブ ユー!」 ばっと駈け出して、腕を広げる。広げた腕の中に、室ちんをおさめることは俺にとってはとっても簡単な事だ。勢いよくとびついたせいで、室ちんがバランスを崩して尻もちをついた。 薄暗闇の中に白い粒が散った。あ、そうだ。ケガはしないけど、風邪ひくかもしんないんだ。俺もそのまま傾れ込んで、どさくさにまぎれてぎゅうっとしてみた。怒られるかな、と思って顔をのぞいて見たけど、室ちんは人形みたいにぴくりとも動かなかった。 「ごめん、痛かった?」 目の端に丸い滴が浮かび上がる。まんまるで、今日の月みたいで、すごくきれいだ。綺麗な丸い滴は形を崩さないで、転がっていった。 ドラマでも、映画でもなくて、人はこんなに綺麗に泣けるんだ。正直、泣くやつは好きじゃない。泣くのなら、考えることも、何かをすることもやめてしまえばいいんだ。そんな思いまでしなくてもいいじゃん。 ずっと、そう思ってたけど。泣くのだって、別に悪い事じゃないのかもしれない。室ちんだから許せるのかもしれないけど、なんだか最近そう思うこともある。 あんまり見とれていると、室ちんがようやく動いて掌を頬に充てた。 「俺、泣いてる?」 「うん」 「そっか…何でだろうな」 目じりにある涙を拭って、目を細める。室ちんにはどうしてわからないのが本音だった。心で考えてることと話すことが違う。今だって泣きたいのに笑うし、どうしたのか言ってくれない。 バスケをしてるときの室ちんだけが、本物なの?それで、才能がないって、そのバスケで心が折れたらどんな気持ちになるんだろう。コートの中で崩れ落ちるやつのことなんて、考えたことなかったのに、 室ちんと会ってからは、おかしいんだ。何でだろうだなんて、そんなの――。 「そんなのわかってるくせに」 今が悲しいんじゃないんだよね。昔が恋しいからなんだよね。俺は昔が恋しくて泣いたりなんかしない。中学のみんなに会えなくなったって、それはそれで仕方がないしって思った。 だってどうせバスケで会うじゃん。俺は勝つし、皆も勝つし、そしたら自然に皆に会えるじゃん。だから寂しくなかった。それに高校だって、そりゃ練習を面倒だと思ったことはあるけど、寂しいなんてあんまり考えたこともない。 火神には黒ちんがいるし、室ちんだって、もういいんじゃない?だって、これは悲しい言葉じゃないんでしょ? 嬉しい言葉のはずでしょ? だったら、アイラブユーくらい、何度だって俺は言うよ。今を好きになるように。 「俺は弟にならないから」 また室ちんの目にはみるみる涙がたまっていって、今度はぼろぼろと零れる。涙の向こうには、もう俺しかみえてなかったらいいのになって思いながら 、唇を耳に寄せて。風邪ひいたら困るから、今日はあと1回だけね。 アイラブユー、タツヤ。 20120909 君の涙を食べてあげる |