中学に入ってびっくりしたのはバスケ部の人の多さだった。気持ち悪いと思うくらいうじゃうじゃ人がいた。 体育館もいっぱいあって、迷うこともたくさんあった。うじゃうじゃうじゃうじゃ、こんだけみんなでバスケやるって、変なの。 でも何カ月か経てば知ってる顔だけになってきた。みんな分かりやすい特徴があるから有難かった。 そう言ったら、ミドチンはおまえが一番わかりやすいのだよとか言ったけど自分だって分かりやすいじゃん。もう、昔みたいに誰にも何も押し付けられなかった。 練習して、勝つ。これだけでよかった。外は真っ暗になって、くたくたになって、帰りにみんなで何か買うのが一番の楽しみだった。

バスケするのが楽しいって峰ちんは言う。バスケを見るのが楽しいってさっちんは言う。色んな人がいるもんだと思った。 勝てばいいじゃんって俺が言う。そうだ、当たり前だろうって赤ちんが言う。赤ちんにとって、勝つことは当たり前だった。 赤ちんは賢かった。バスケも上手かった。俺よりも小さいのに。やっぱり才能なんだなって思った。
『バスケをする理由なんか色々あるだろう。個人の自由だ。誰かの理由に左右される必要なんてない。ただ、勝利すればいいのだから』
ただ、勝てばいいっていう赤ちんの言葉を批判する人もいただろうけど、オレはとっても好きだった。赤ちんの言う事は絶対だ。 やっぱりオレのバスケでいいんじゃんって、思ったんだ。負けるのはイヤだ、勝てばいい。才能がないやつは要らない。

けど、途中からやってきた黒ちんは違った。ひょろっとしてて弱そうで、実際にぶつかったらすぐに倒れた。 オレにできなくて、黒ちんにできることがあったから、別によかったけど、黒ちんは努力が好きで、バスケが大好きだっていった。 そうなると、オレとは考え方は全く合わなかった。帰り道でアイスを食べるときは話ができるのに、体育館で穏やかに話した記憶はあんまりない。 ケースの中のアイスを端から制覇も、黒ちんだけはあと何個かって聞いてくれた。 抱えきれないお菓子は黒ちんが持ってくれた。峰ちんだと勝手に食べられるから黒ちんは安心だった。 だから「バスケ以外で会えたらよかったのかもね」って言ったら「それは嫌です」と即答された。
「僕は紫原くんの考え方は好きではないけれど、バスケで出会えてよかったと思います」
「ふうん。それでいいならいいけーど」
「もちろん、できることなら言い争いはしたくないです。…しんどいですし、苦手です」
「…そだね。めんどくさいもん。それに、黒ちんが言ってることは、ほんとーに分からないし」
何か言いたそうにしていたけれど、そうですか、って眉を下げて笑うだけだった。もしかしたら帰り道に言い争わないっていう随分前の約束を思い出したのかもしれない。 帰り道が一番好きって言った時のことだったから、黒ちんの思いやりってやつなのかもしれない。


黒ちんは急に居なくなった。退部届を出したらしい。 あーあ、やっぱりやめちゃうんじゃん。もう大好きじゃなくったんだろうな、って思っただけだった。 大好きなものが嫌になるなら、はじめから好きじゃない方が楽じゃん。自分で苦しい道を選ぶのって、馬鹿みたいじゃん。 もう一緒に帰れないし、アイスもお菓子も食べれない。少し寂しい。でも言い争うことがなくなるから、しんどくなくなるね。

もうすぐ卒業する。卒業したらすぐに、秋田に行く。秋田の場所なんて、高校決めるまでちゃんと知らなかった。 高校は、行きますか、行きませんかのどっちか言うだけで決まった。 そういえば、最近はみんなで騒いでない。みんなって、もう誰がみんなっていうの分からない。黒ちんはきっともう見つからない。居ない人のことなんて、たまに思い出して、すぐに忘れちゃう。 たぶん、たまに思い出すこともそのうちなくなる。

中学でしてきたこと、バスケで勝つこと。これからすることも、バスケで勝つこと。今までと変わらない。とっても簡単だ。




20120917 僕の知らない世界