暗闇の恋人

簡単な言葉で片付けられるならそれでいいし、それで終るのなら他に求めるものなんてない。 けれど、見ていたいとか話したいとか傍にいたいとか抱きしめたいとか。生まれるのはどうしようもない欲ばかりだというのを最近になって知った。 真っ直ぐなものほど折れやすいものはないので、おれは緩やかなカーブを描く、そんな気持ちで留めている。 (真っ直ぐなものほど、届きやすいのだろうけど。さすがに難しかった) 自分も相手もこんなに不器用だなんて思ってもいなかった。団子屋の姉ちゃんをちょっと口説いて値段をまけてもらうことはできるのに。 口説きもできなきゃ近づいたら心臓は勝手に走り出す。こりゃあどうしようもない。少しだけ近藤さんを見習いたくなった。 例えばどこがいいのだろうと無駄に頭をつかってみて、思うのは歌うくちびる、白い肌、丸い瞳、気高さ、あげたらきりがない。 泣いてほしくないとかいつも笑っていてほしいとか願うのは小さなことばかり。
「そんな顔して、どうしたの」
「…別に」
「変なの」
空には星がちらほら見えはじめて、冷たい風が吹きはじめる。彼女の傘は知らぬまに閉じられて、転がっていた。 彼女を探してぐるりと見渡してみればぱしゃぱしゃと水の音。
「なにしてんでさァ」
「…水浴び?」
浅い川だったから良かったものの深い川だったら今頃びしょ濡れだろう。(一瞬そっちでもよかったなんて考えたおれは馬鹿だった)
「海に行こう」
近くに人影もみえない、おれが言ったわけでもない。あまりにも唐突だったので黙っているともう一度繰り返して、海に行こう、と暗闇の中ではっきり口が動いてるのが見えた。
旦那とかどうするんだよ、俺やっぱり挨拶に行かなきゃ行けないのか?ああ、それともありがちに、皆で?
「夜に行こう、抜け出したらいいから」
わかった、と頷く前に自分が警察であったことに気づいた。果たしてこれは許されることなのか。土方の顔がよぎる。あいつはまあ、どうでもいい。近藤さんになんて言おうか。 一応これは恋愛の類に入ると思うからあの人なら逆に羨ましいと騒ぐかもしれない。
「いいけど」
「ありがとう」
やったあ、とかもっとはしゃぐかと思ったのに。やわらかく微笑んで、おわり。何かあるのかもしれない。たずねればいいだけのはなし。でもできない。 (それもまた、ちいさなことなのだ) でも、愛しいのは確かなこと、それだけでいい気がした。