暗闇の恋人 4

たったったったったっ。足音だけが響いた。前を見ずに走った。真っ直ぐ、真っ直ぐでいい、沖田が漕いだ道を思い出した。 思い出したくもないけど思い出さないと帰れない。それに私はちゃんと道を覚えていた。刻んでおこうと、思っていたから。 しばらく走って、立ち止まる。息はきれない。便利な体だと思った。また走り出せば、どん、と何かにぶつかった。 当たった感触からして電柱ではない、人だった。
「ったく、何やってんだよ、お前」
銀ちゃん。なんで、ここに、と考えながらぼんやりとしていると定春が寄ってきた。フンフン、臭いかいで、ぷしゅっとくしゃみをして後ずさりをされた。 ほら、乗れ。促されて黙ってシートに座る。だいぶぼろぼろになったスクーターが音をたてて走りだした。少し離れた距離から、のそのそと定春が後ろからついてくる。
「どこに行ってたか聞かないの」
「潮くせぇし、海だろ」
帰ったら風呂入って飯食ってから、説教だなぁ。銀ちゃんは機嫌が悪い。でも怒ってはいない。 冷めたような声で、諦めて、どうでもよくなったような。 勝手にどっかに行って、こんな夜遅くまでほっつき歩くのは、不良少女というものらしい。 夜があける前に戻れてよかったと思う。夜が明ければ朝帰り少女になるらしい。 不良少女ってなに、と聞いてみてもお前みたいな馬鹿のことだ、といわれて終った。まだ機嫌が悪い。 心配してくれたのもわかっているし、嬉しかった。もしこのまま帰っていなかったら探しにきてくれた? 息を切らして江戸中を走りまわってくれた?馬鹿みたいにそんなことを考えていた。こんなの消してしまいたい。 どうしても銀ちゃんより先に進めない。乗り越えても振り返って引き止めてほしくなる。噛み締めた唇からはもう潮の味なんてしない。 するすると見慣れなかった景色が見慣れたものに変わってゆく。ああ、帰ってきたんだ。生まれた場所でもないのにそう考える。 私が生まれた星は今もこの空の中のどこかに混じっていて、見上げてみてもどれかさえも見つけられないのに。
「銀ちゃん星が動いてる」
「ばーか、星が動いてんじゃなくてスクーター乗ってるからだろ」
「流れ星ネ、姐御に聞いたことがあるヨ」
「あんなの本当なわけねぇだろう、俺はもうおっさんだからそんなの本気にしてねぇの」
それなら私はまだ子どもなので信じていたい。子ども扱いされるのは嫌いだけれど銀ちゃんは私を子どもだと言うのだから。 瞬きながら移動していく星たちの群れに、三回願い事を唱える。何を願ったかなんて教えてあげない。