「笹塚さん」
振り返ればにっこりと笑って立つ女子高生の姿。同じくらいの年の男がちらりとこちらを見て不審そうな顔をして雑踏に溶け込んでいった。
「どうしたの、急に」
「どうしたのって、事務所の近くじゃないですかここは」
一人なんですか。お仕事は終ったんですか。今から時間ありますか。よかったら寄って行きませんか、などと早口で喋って一通り言い終えたのか満足そうな顔をしてまた笑った。 手には限界まで詰め込まれたスーパーの袋が握られていてゆらゆらと揺れている。
「あー…うん」
寝不足の頭が彼女から発せられる多くの言語を理解できない。とんとんと進む会話の内容、羽ばたいてゆくカラスの姿、どこかでなっている携帯の音、全てが頭の中をかき回す。
「お疲れですか」
「あー…うん」
さっきと同じ答えに彼女は少しだけ呆れた顔をして空を見やった。影が伸びて、コンクリートを紅く染めている。 帰らなければならない。帰って寝て働こうともしない頭を醒まさなければ。この妙な違和感、この場にいる自分が浮いている気がするのだ。 (それは、きっと相手が女子高生だから) 帰れなければ、はやく。ねむい。はやく、はやく。目の前の彼女は黙って空を見たままだった。スーパーの袋に書かれた文字は見慣れない店名。
―どうしたのって、事務所の近くじゃないですかここは
もう一度繰り返す。"事務所の近くじゃないですかここは"ここは事務所の近くなんかじゃない。弥子ちゃんの事務所の近くにある建物が何ひとつ見えやしない。
「ここはどこだって?」
くすり。気づくの遅いなあ。彼女がそんな笑い方しただろうか。
(弥子、ちゃん?)
「かわいそーこの子も気づいてもらえなくて」
「…おまえは」
「ネウロは気づいたのにね」
「サイ」
「やっぱ刑事さんだと気づかないか、よしよし!ちょっと試したかっただけなんだけどね」
殺してやりたい。その笑った顔が憎くてしょうがないはずなのに、こんな時に限って。
(弥子ちゃん、笑うなよ)(今だけ思い切り泣いてくれれば)(そうしたら、)
「人間は、弱いものだね」
弥子ちゃん、じゃないもの。サイが目を伏せる。(重ねるな!) 違和感、睡魔、憎悪。もしかしたらこう考えてる間にばらばらにされて俺は死ぬのかもしれない。
「ここがどこか教えてあげる」

あんたの中身だよ。


きっと、恐れてた