逃げる背をつかまえる

「そーいや将来何になりたいとか、あんの?」
「そんなあ、考えていませんよ」
考える暇もないし。くるくるとまわされていたシャーペンは手から転げ落ちて煎餅の袋に手は伸ばされた。醤油煎餅がしっかりと彼女の白い手に握られている。
「探偵は?」
ばりん。彼女の心も同時に砕けるかのように。(俺は今、噛み砕いてる)
「無理ですよ、私だけじゃ何も出来ない、それに今は進学しないと。学校がうるさいんですよ」
彼女の横にいつも居た助手は今日も姿を見せない。 先日の事件で見ることもなければ、きっと明日も明後日も、慌しく季節が過ぎたとしても、見ることはないのかもしれない。 あの男の姿を見なくなってから事件に顔を出す回数も減り彼女は勉強に目を向けるようになり度々勉強を教える事が多くなった。 ごめん今日は無理だと言えばすんなりわかりましたと言っていたのに。明日は、明日が無理なら明後日でもいいんです、と頼んでくるのだ。
(きっと、時間を埋めるために)
「休憩にしようか」
ノートに並べられた公式の山、計算式、隣に重ねられた参考書の束。散らばる単語帳。来年の春に彼女は女子高生ではなくなるのだ。 女子高生探偵の肩書きが消えるのも、もうすぐだ。探偵というものから彼女が解放されるのも。
「じゃあ、何か食べものでも買ってきますね」
「あー、うん」
「あ、ちゃんと笹塚さんの分も何か買ってきますから!」
あの笑顔がいつから変わったのか。変えたのは俺ではなくて。


(わたし置いていかれちゃったんですよ。でもいいんですちょうどいい機会だったから。 振り回されるのだってもう嫌だし自分の足で歩かないといけないってやっと気づいたんです。 それがあいつのおかげだなんて思ったら、なんか、すごく悲しくなって。 たくさんの悲しみをおいていったあいつに感謝なんてしたくないけど。 ずっと居た人が急に居なくなるのは、寂しい、ですね。 わたし、ひとりじゃ何も出来なくて、怖くて、もう一度だけ会って殴ってやりたいんです。今までやられた分だけ。)


扉の向こうに消えていった彼女の後姿。俺がそれを失うのも近いかもしれない。失う前に手に入れてしまえば良いのに。

なあ、弥子ちゃん、結婚しようか。

(だから、おいかけるのだけはやめにしてくれないか)