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理由などないよ 数時間前まで弥子は家でこたつに入って籠にはみかんを山盛りにして、蕎麦の準備だってしていた。しかしそれは電話一本で無駄になってしまった。 それでも文句を言わず走ってきた自分は何てえらいのだろう、と弥子は誰も褒めてくれないので自分で褒めた。事務所に入ってすぐに「鼻ぐらいすすっておけ、更に馬鹿面になるぞ」 とまで言われても反抗せずに魔人の言うとおりに鼻をすすった。それは本当に馬鹿面だと思ったからである。 弥子は鏡を取り出して顔を確認した後、ソファに座って魔人の言葉を待った。けれどしばらく経っても静かなままだ。自分から話を振るのもどうかと思ったので黙って今年一年を振り返ることにする。 あと数時間で今年が終ってしまうから。あれだけ色々な事があったのに、もう一年が終ろうとしている。来年も、再来年もこんな風にすぐに終ってしまうのだろうか。あの時感じた嬉しさも悲しさもいつか忘れてしまうのだろうか。 もし、忘れてしまうと気がきたら?そう考えると弥子は少し寂しくなった。弥子は未だに何も言わない魔人を見た。来年はどうなっているのだろう。 ネウロと一緒に居るのだろうか、それとも、平凡に暮らしているだけなのだろうか。十六年生きてきた中で年越しや年始は美味しいものをたくさん食べれるというのもあって、楽しみにしていたのに、こんな悶々とした気持ちで過ごすのは初めてだった。 もはや家のみかんや蕎麦はどうでもいい。気になるのは呼びだしたくせにかれこれ二時間は黙ったままの魔人である。 「ねぇ、何の用なの?呼び出したくせに黙っちゃってさあ」と聞くと「我が輩、貴様に用があるなんて言っていないが?」と魔人はすぐに答えた。やっと喋ったと思うと同時に意味が分からない。 そして弥子は思い出した。魔人が電話越しに何を言ったのかを。今すぐ来い。たったそれだけ。簡単に思い出すことができた。時刻はもう十二時を過ぎていた。 |