※攘夷四人組が学生の話



とぽとぽとぽ。グラスにサイダーが注がれてゆっくりと波をうつ。 それは珍しくヅラが俺の為に金を出した物だった。 げんきだせよ、という声がきこえて、はぁ?げんきだっつのと言うとばか、げんきじゃないくせにつよがるな!と 桂は長髪を振り乱して言った。 俺たちがそんなやりとりをしていると横から何じゃあ飲まんのならわしがもらうぞと辰馬がグラスを持ち上げる。 ヅラが阻止しようとするももう遅い。 ごくりと飲み干したあとやっぱ酒のほうがええのうとまで言った。 はあ、とため息がきこえた。五百ミリのペットボトルの中ではまだ半分のソーダが弾けているのだから飲まれたって別にいい。 それにいいんだ、俺はいちご牛乳のほうがよかったんだ。 でもヅラはそんな甘ったるいものよりもすっきりしたやつのほうがいいとか言ってサイダーを買った。 俺の為ならいちご牛乳でいいじゃねぇかと言ったら俺の金で買うんだぞ!だいたい制服でいちご牛乳なんか恥ずかしいわ!というから我慢した。 あと今時そんな長髪の男子学生のほうが恥ずかしくね?っていうのも我慢した。
「人はなぁ失恋して大人になるんだ!」
だからな、大丈夫だぞ、と手を肩にのせてきたヅラは暑苦しい。いつもにも増してだ。大体失恋なんて俺一言も言ってねーぞ、意味わかんないんですけど。
「なんだ、銀時失恋したのかよ」
人の家に上がってすぐ俺寝不足だからといって寝転がっていた高杉が体を起こす。
「へェ、誰だよ」
「高杉!直球すぎだ!俺もまだ聞いてないのに、」
「まて、落ち着け、俺は失恋なんかしてねーぞ」
「何言ってるんだ今朝から浮かない顔してため息ばかりついてたのを俺は知ってるんだぞ!俺達の仲だろう、そこは包み隠さずだな…」
え、ため息?…ああ、やっと意味がわかった。ヅラの行動は未だに理解できないところがある。何でそこまで髪を伸ばすのか、とか人妻好きなのか、とか。 今日は放課後いきなり今日は銀時を慰めるの会だ!とかいいだして(しかも結局いつも通り俺のうちにきてるだけじゃねーか)張り切っていた。それはなぁ、と説明しようとしたときプツンとテレビの電源が入る音がきこえた。 辰馬がリモコンを握っている。全くマイペースなやつばっかりだ。
「テレビなんかつけたら銀時が話しにくいだろう!どいつもこいつもデリカシーはないのか、まったく」
「まあまあ。そうワーワー言わんとテレビでもみて落ち着こうや…お、人気アナウンサー結婚…この子銀時の好きなアナウンサーじゃろー?」
花野アナ電撃結婚!と右上にうつっていた。ああもう朝からこればっかりだ。いやんなっちまうぜ。俺は即座にテレビから顔を背けると高杉と目が合う。先ほどの寝ぼけた眼からニタァと嫌な笑みを浮かべていた。
「ハン、テレビの中の女に失恋かよだっせェ。つーか気持ち悪ィ」
「うるせェェェ!鼻で笑うな!…俺もよォここまでダメージでかいと思わなかったわけ、でもよォ、不意打ちってひどくね?花野アナはなァ…今日も元気にいってらっしゃいって言ってくれてたのによォ…」
あれがなきゃ俺もう朝起きれない!と叫んだところで部屋は一気に静かになってしまった。あれ、おれ凄く恥ずかしい感じ?
「…何だよ、何か言えよォ」
この居た堪れなさは何だ。ぼろいし、汚ねェけど俺の家なんだぞ、此処。 辰馬がテレビのチャンネルをいじり始める。ワイドショーも再放送ドラマが終ってしまった時間でニュースばかりだ。 どの番組も変わりのない内容ばかりだ。暗いニュースばっかなんて、聞きたくもねェ。 明日は行楽日和で良い週末になりそうです――、とアナウンサーの声が聞こえる。大したことしてねェのにもう週末か。
「おい、明日何曜だ」
俺の方を見るなり半笑いの高杉が言う。くそ、腹立つ。
「五秒ぐらい前に週末って言ってただろ、土曜だよ土曜!」
「…帰んのめんどくせぇ」
「よーし、酒じゃ!」
またこのパターンか。酒だなんだ食い物がどーたらこーたら。がやがやがやとまた盛り上がり始める。 俺の話なんて何処へ行ったのやら。(別にいいんだけど) 外では蝉がこれが最後だといわんばかりに鳴いている。 それでもこの部屋はその音に負けることなく男まみれで五月蝿くてしょうがない。 全く勝手に騒ぎ立てやがって、疲れたぜこっちは。でかい欠伸をひとつして、。 うるせぇなァまったく、なんて思いながらも瞼を閉じた。

*

おい、銀時起きろと頬を叩かれて目をさました。カーテンの隙間から見えた外は大分日が落ちていた。 ヅラが一人動き回っている。何だ何だ。
「何時?…何でこんな動き回ってんの」
「八時過ぎだ。買出しだ、買出し。泊まるという話になっただろう」
ヅラは皺がよったシャツの裾を引っ張っている。ああやっぱりそうなったのかと思っているとお前もそれ、ちゃんとしろよと第三ボタンまであいたシャツを指差される。 辰馬も緩めていたベルトを締めなおしている。高杉は既に玄関前に突っ立っていた。どうやら全員で行くらしい。 ボタンを止めて一応社会の窓も確認して財布をケツのポケットに突っ込む。ヅラがガスよし、電気よし、などぶつぶつ言っている。
「よし、銀時、ちゃんと鍵閉めろよ」
「うるせェなァ、お前は母ちゃんか!」
「こんなボロアパート誰が来るかよ」
嘲笑する高杉の横で辰馬がでかい笑い声を上げている。そのボロアパートに泊まるのはどこのどいつだ。 歩いて数十分。道を曲がって、人工的な明るさに目を細めながら中へと入った。 大抵四人でコンビニに行くとすぐに散らばっていく。俺は菓子パン、デザート、菓子、アイスの順で回るけれど 辰馬は酒の前でうろうろしヅラは雑誌の前でうろうろする。高杉はというとあまり決まっていない。大抵外で待っているのだけれど今日は違う。 入ってニ、三歩してから何かの棚の前に屈んだ。俺はそれを横目にみながらいつものように菓子パンのもとへ向う。 ヅラはやっぱり猫も好き!という雑誌をぺらぺらとめくっていた。辰馬は相も変わらず買えもしない酒の前でうろうろとしている。 俺は菓子パンをかごにいれたあと、夕方買いそびれたいちご牛乳をかごにいれた。 あとは腹の足しになりそうなものをかごにいれ、精算を済ませヅラと辰馬に声をかける。辰馬はさすがに制服だと無理じゃー、と言って買ったつまみを俺のレジ袋に突っ込んだ。
「おい、高杉は?」
「ああ、高杉なら…」
ヅラがちらりと数メートル先の棚へと目をやる。入ってすぐにある棚の前で未だに屈み込んでいる。
「おいおい高杉、お前がそこに居るとなァ客も入りにくいぞ、ただでさえお前ガラ悪ィんだからよォ」
「…、」
「はぁ?聞こえねーよ」
ただでさえ低い声だから小さく言われたらさらに聞こえにくい。横に屈んでみると 花火、と小さく聞こえた。花火ぃ?と言ってかがんで見ると確かに高杉の目の先には 夏によくみるファミリー用に花火があった。円型のビニールに入っていて埃を被っている。
「何、やりてェの?」
「…いや、」
「ふーん…お前ドーンとかバァァンって花火が好きじゃないっけ?」
「そりゃ、」
「おっ、花火!ええのー」
がばっと辰馬が俺と高杉の間に割って入ってきたせいで高杉が口を閉じる。ちょ、顔近ェよ。
「近ェよ、辰馬!じゃーお前買えよ花火」
「銀時が半分払うてくれるならいいぜよ」
「えぇーいくらだよ」
「えぇとなぁ…三七五〇円…」
「ちょ、たかっ!あ、でも割り勘だろ…無理、計算できねェ」
「…三人で割って一二五〇円だ、俺も払おう」
屈んでいる俺たち三人は後ろに立っているヅラを見上げる。
「遅ればせながら誕生日祝いでもしてやろう」
誕生日とは高杉のことだ。といってももう既に十日ほど過ぎているが。 「あぁーそうだっけ、そうだそうだ、ヅラァ、お前今日気前いいなァ」
サイダーといい、花火といい。そうか、誕生日か。すっかり忘れていた。
「別にやりてェなんて言って、…いってェ!」
「アッハッハ!照れちゅうがか?」
ばしんばしんと辰馬が高杉の頭を叩いている。俺は笑いを堪えて花火を引っ張り出して埃をはたいた。 金を集めて再びレジへと向う。レジ担当の女の人が早く出て行って欲しそうな顔だったので申し訳なく思った。 ありがとうございましたーと投げやりな声を聞きながら俺達はコンビニを後にした。
「にしてもよいこのはなびって…」
ビニールに張られたシールにはでかい文字でよいこのはなびと書かれていた。心なしか機嫌の良い高杉が前を歩いている。その背をみながら三人で顔を見合わせて笑う。 よいこじゃないやろーと辰馬が本日何度目かわからない笑い声をあげる。その横でヅラがシッと唇に手を当てた。

*

歩きながら花火はどこでやるかという話をするとアパートの裏の空き地になった。 ご近所の苦情が心配だが何とかなるだろう。そもそもひっそりとした所にあるアパートなので大丈夫だとは思うが。 一人で部屋に上がって荷物を置いた。バケツがなかったので洗面器を持つ。ついでにろうそくも持つ。火が中々見つからないので、高杉にもらうことにする。 ちゃんと鍵をしめてこいよ、という二度目のヅラの忠告をちゃんと聞き入れ鍵をしめて、軋む階段を下りると既に花火を取り出してどれから始めるか話をしていた。
「おーい、バケツだぞー。あと高杉お前火ィかせ、持ってんだろー」
「それ洗面器じゃねェか…カビ生えてるしよ。ほら、」
「サンキュ。これはなァ、我が家の貴重な一本なんだからな、感謝しろよ」
ろうそくに火をつける。足元が照らされる。温かみのある明かりは好きだ。
「じゃあ始めるかってはやっ、あつっ、こっち向けんなァァァ!」
黄色い火花が足を襲う。制服焦げるって、まずいってこれ! ここからはもう大騒ぎだ。二刀流なんてふざけたりして結構な金を出した花火の量は減っていくのは残念だが ねずみ花火ではひぃ!という高杉の情けない声に爆笑して大満足である。
「大分減ったなぁ…あとはロケット花火か」
あっけないもんだなあ。ロケット花火を地面において、ライターの火を点けようとするが中々つかない。
「点けんぞ…あれ、つかねェ。…こえェな、あ、こわっ、無理!」
「情けねェな。貸せよ」
俺の手からライターをとった高杉はライターの火がつくかどうか確かめる。カチっと音がなって炎をがゆらめく。 そのまま高杉が花火に火を近づけるのをみながら、こいつは火が似合うなあと思った。 パチパチパチ。ひゅぅ、と音がして光が空へと昇っていく。一瞬だった。
「何じゃ、あっけないのー」
「片付けだ片付け」
あっけない。その一言に尽きると思った。 ヅラと辰馬がごみを拾い始める横で高杉は空をみていた。俺もつられて見る。当たり前だがもう光なんて何処にも見当たらない。 本当に早いものだと、いつまでも馬鹿ばっかりはやっていられないのだと改めて知る。
「銀時、高杉、ぼーっとするな、手伝え!」
「ああ、悪ィ」
すっかり燃え尽きてしまったろうそくとその皿を洗面器へと投げ入れる。洗面器も、もう花火で埋もれていて、側面は焦げているかもしれない。 新しいの、買わねェとなァと思っているとごみを拾い終えた辰馬が高杉に言う。
「…来年は値は張るかもしれんけどもっとでかいのがええのー」
「…そうだな」
ほらみろ、やっぱり派手なほうが好きなんじゃねーか。あーあ、金、貯めねェといけねェなァ。 馬鹿にされた失恋にサイダーに花火に終るこの夏。ぐらぐらと炎のような暑さだったくせに、今じゃもう冷たい風まで吹いている。 来年、か。俺は、俺達は来年のこの時間、何をしているのだろう。毎年のようにそう考えている気がする。そしてその年を迎えればまた次の年を思っているのだ。 過去よりも未来を、未来よりも今だ。過去を思い出すことはあるが、今この四人で何だかんだ過ごしているのだから、それでいい。 名を呼ばれてアパートへと歩き出す。抱えた洗面器の側面は、ざらりとした感触。やっぱり焦げてたか。まあ使えねェわけでもねェし、夏の思い出ってことで済ますことにしようと思う。

いつものような夜

BALDWIN