教室の中ではカリカリと文字を書く音だけがしている。初めのほうは廊下での足音も聞こえていたが、 生徒たちはそれぞれ部活に行ってしまったか、帰宅したため校内は静かになり始めていた。 沈黙に耐え切れなくなった神楽がシャープペンをプリントの上に転がして口を開く。 「前世って信じるアルか?」 唐突な質問に隣の席に座っていた沖田が「はぁ?何でィいきなり」と言ってやる気の無い子にはおしおきだ、と銀八の字で書かれている漢字練習プリントとの格闘を続けている。 銀八担当の国語の漢字テストで合格点未満を連続五回とったため課されたものである。 話かけても書く事をやめない沖田に神楽は口を尖らせてシャープペンを親指と人差し指で持ってぶんぶんと振り始めた。 シャープペンにチェーンで繋がっている白い犬のマスコットは神楽のお気に入りだが、それも飛んでいきそうな勢いで回っている。 「ねぇ、」 「うっさい」 「人の質問には真面目に答えるヨロシ」 「…何でそう思うんでさァ」 沖田は諦めてシャーペンを投げやりに置く。神楽はにぃっと笑って体を沖田の方に向けた。 どうせすぐ終るだろうと思って、沖田も神楽の方に体を向ける。 「日本に来た時懐かしい気がしたネ、私日本に来るのは初めてだったのに」 「へぇ、気のせいだろィ」 「最初はそう思ったけど…でもやっぱり違うのヨ!気のせいなんかじゃなくて…気持ち悪いくらい懐かしい感じがするネ、夢も見るアル」 最初は面白半分に言っているのだろうと沖田は思っていたが神楽の声は落ち着いていて、いつもよりも真剣だった。 それに沖田もこういう話が嫌いなわけではない。漢字にも疲れたし休憩だと思って話に付き合うことにした。 「私が思うに!私、前世は日本に居たアル!」 「はいはい、じゃあもうそれで済むじゃねぇか」 「済まないヨ!」と声を張り上げて神楽は机を叩いた。うぉ、と沖田が少し驚く。沖田が話に食いついてきたので熱くなっているのである。ぐしゃりと音をたててプリントに皺がついたが、全く気にしていない。 「たぶん、前世でもお前と私は犬猿の仲っていうやつだったアル!」 「何でィそれ、でたらめいいやがって。お前の妄想じゃねーのそれ」 犬猿の仲といわれたのが気に食わないのか沖田は微妙な表情をしてため息をつく。 「で、私の夢によるとお前は剣が上手いネ、きっと」 教室の後ろにたてかけてある部活用具を神楽が指す。確かに沖田は剣道部内でもかなり上手いほうだと有名だ。 「あ、ゴリラもマヨラーも上手ネ。ゴリラは馬鹿にされながらも慕われてるアル」 「それじゃあ、今と同じじゃねーか。もう前世とかじゃなくて、お前は今の状況の夢を見たんだろィ」 あまりにも今と状況が似ているので沖田は半ば呆れて、忘れ去られていたプリントに取り掛かろうした。 「・・・違うヨ!だって、」 いきなり神楽が黙り込んだ。沖田は唾をごくりとのんで「だって?」と聞き返した。 「お前の持ってるやつ、竹刀じゃなくて、あれは刀だったネ!」 それを聞いた途端ぞくりと沖田の背筋に悪寒が走る。手がじっとりと汗ばみ始めた。 「残念ながら刀は握った事はありやせんぜ」 沖田はプリントを丸めて投げたが神楽に当たる事は無く、床に当たって転がっていく。 負けじと神楽もプリントを丸めて投げるがそれも沖田にはあたらず床に転がっていった。 俺が人でも斬ってたと言いたいのか、と沖田は思ったが黙った。仮に刀が許されている時代に自分が生きていたとしたら、やりかねないと思ったからである。 「…面白いんだか怖いんだかわからねェ」 「まあ、とにかく私やっぱり日本に居た気がするヨ」 理由もわからず焦がれていた日本にやって来て、やはりきっと自分はここに大切なものがあったのだろうと思ったのだ。 今は過ごす日々がとても愛しく思えるのだから。少しの沈黙のあと、ゆっくりとした足音が聞こえ始め、二人して開きかかっている戸の方へ目をやった。 「おいおい喋くりやがってー廊下まで筒抜けだぞー。盛り上がってよォ、俺が丹精込めて作ったプリント丸めるぐらいだから、面白い話じゃねぇと許さねェぞー」 気だるそうに教室の中に入ってきた銀八が床に転がっている二つの紙の固まりを拾い上げて、二人に投げつける。 「いてっ」 二つとも見事に二人に当たり、二人ともようやく熱が冷めて大人しく着席した。 「せんせーは前世を信じますかー」 プリントのことを責められないために沖田は素早く話を始める。銀八は教卓の前に立ち、「前世ねぇ」と髪をいじりながら言う。 「先生はなぁ、いいことだけ信じれば良いと思ってんだ」 「ほらみろ、やっぱり俺信じねェ、話がでかすぎなんでさァ。刀なんて」 そう言いながら沖田の手のひらは汗をかいたままである。 「何ヨ、面白くない男アル!ロマンがないネ!ねぇ銀ちゃん?」 振り返って銀八のほうを見た神楽はあれ、と首を傾げた。そして銀八の口からもぽろりと煙草が落ちる。神楽は銀八のことを確かにこういう呼び方をすることもあるが、こんなに親しみがこもっているものではなかったような気がしたからだ。 沖田もその呼び方には聞き覚えがある気がして、三人そろって目を合わせて黙る。 ああ、こわいこわいと思いながら。 望む遥か (だれもしらない、いつかのはなし) |