without you

このときだけは泣かないと決めたので泣かないし、彼の背中を追いかける真似もしない。

押し込んでいた飴玉を噛み砕いて。砕け散った破片がちくりと舌をさす。じきに溶けてしまうから、痛みなんてないから。 強くなったでしょうと。心配なんか要らないよと。だから此処を離れてもいいんだよと。置いていってもいいんだよと。 そう言って彼のために笑う事だってできるから。たとえ、それが彼を傷つける行為だとしても。彼のためなら。 全部彼のためだと言い聞かせて。(わたしが、勝手に)もしかしたら彼は望んでいないのかもしれない。 でも、本当は会いたくて戻りたくてたまらないんでしょう?私たち以外にも大切なものをたくさん持っているのだから。 本当は、今度こそは溢さないように全部すくって、あげたいんでしょう?


あの大きな温もりと手のひらと低い声。全て失ったとき私はまたこの世界に生まれてきた意味を探すにちがいない。 穏やかな日で、何でもない一日が始まろうとしたときでも、雨降りで今にもこの家が倒れそうな時でも。 どんな時であれ、その瞬間に私の中の世界は真暗かあるいは真白な世界に戻ってしまうのだ。 それでもいいから。大丈夫、と呪文ように。私にだってたいせつなものがたくさんあるから。


静寂。綺麗な月が出ている。今にも崩れてしまいそうなほど美しくて、脆いものだと思えた。
「いいヨ、銀ちゃん」
ね、新八?問いかければ「そうですよ」と無理につくった明るい声。

広い背中が小さくなっていくのをみつめた。私が知った世界は広くて、これからも広がっていくだろう。
その中で彼の背中を見ることができる時はきっと、もうないのかもしれない。


BALDWIN