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世界の終わり いつだって私は弥子の傍にいたし、誰よりも弥子を知っていたし、弥子だって誰よりも私を知っているのだから、不安なんて何一つなかった。 弥子が私から離れることや、私以外の人を頼るようになるだなんて、考えもしなかった。 「弥子、口、どうしたの」 私のほうを向いて「口?」と聞き返してきたので、「絆創膏」と短く答えた。あー、これね、といった感じで弥子が弱々しく笑ったので絆創膏がふにゃりと剥がれそうになる。朝から顔を合わせて話をしていたので、弥子は不思議に思ったのかもしれない。今さら聞くなんて、と。 二日か三日、多ければ一日おきに弥子は傷をつくる。いつも目に見える場所だったので、なんとなく聞いていた。 でも最近は聞くのが怖い。聞く回数が増えるごとに、唇が震えるようになった。聞くときの声が少しだけ小さくなった。最初の頃は毎朝会ったときに少し大げさに言っていた。(私なりに、) 今は、もう言えない。傷が増えた日、ぞくりとする。弥子は、笑っているから。耐えられなかった。もう、普通じゃなくなったのね。 普通という枠は嫌いだった。そこから逸れたら非難を浴びるから。だけど、私は今弥子を普通に当てはめようとしている。私が知っている桂木弥子を失いたくないから。こんな勝手な理由で、私は。 だって、いつも一緒にいたのに、どうして弥子なの? 弥子の食欲は普通とはかけ離れていたけれど、(でも、そんなのもう驚く事じゃない)それ以外は普通だった。 恋愛の話だって昔からよくしてた。弥子はあまり興味がなさそうだったけど、私の話を聞いては笑っていてくれていた。あの頃の笑顔が好きだ。 弥子が有名になった。弥子を知ろうとする人が増えた。別に良かった。私のほうが、弥子を知っているんだから。 弥子が、変わっていく。それはどんどん加速する。知り合いが増えていた。刑事とか、危ないあっちの世界の人とか、もっともっと増えているんだと思う。 「弥子、泣いて、いいんだよ」 丸い瞳に少しだけ水が浮かび上がる。(泣いてよ、私の前でだけ)瞬きをして笑う。 「お願い、置いていかないで、」 普通に生きてけばいいじゃない。毎日愚痴をこぼしながら学校へ通って、授業を聞いて、食堂で一緒にお昼食べて、うとうとしながら午後の授業を受けて、帰りに寄り道して帰ろう。 そこから抜け出さないでよ。私の知らないところへ行かないで。 小さな水滴がアスファルトに染みをつくる。それを眺めながらやっと気づいた。何で私が泣かなきゃいけないの。弥子、でしょ。泣くの。 「叶絵、泣かないで、私、大丈夫だよ」 甘いリップが塗られている唇から紡ぎだされる言葉は慰めばかりだった。望んでるのはそんなものでなはいのに、弥子は一生懸命に言う。 大丈夫だよ、心配しないで。繰り返される言葉たちは、私の中で意味をもたない。聞きなれない言語のように、ぐるぐると繰り返される。 過去にすがる事がこんなにも虚しいものだなんて知りたくもなかった。 (戻れないってわかってるから、笑うんでしょう?)(違う、弥子、泣くの、悲しいんでしょう?) どうせならもっと苦しめて欲しかった。(嫌いになんか、なれるわけないじゃない) |