|
おいしーいとニコニコしながら桂木はケーキを口に運ぶ。洋梨のタルト、チーズケーキ、紅茶のシフォンケーキ、と 箱の中に入っていたケーキが次々に消えていく。筐口さんも持ってきてくれたんだから食べてくださいよーと言うけれど明らかにその目は 俺の目の前にあるミルフィーユを見つめている。いいよいいよ、と差し出すといいんですか?と桂木が笑うので、俺も笑った。これだけで、俺は満足している。 お茶でもしませんか、と呼んだのは桂木のほうだ。携帯電話が鳴って、さすがにワンコールで出るのは早すぎると思った。 ニ、三、四…よし!あ、もしもし桂木ィ?おー事務所に?うん行くよ暇だし、え、大丈夫だって!何か買っていこうか?まぁまぁ遠慮なんてするなよ、俺の方が年上なんだしさぁ。 俺がべらべらと喋ったあとに、じゃあ夕方待ってますねと桂木が言って電話は終わった。息切れするくらい早く喋った。 まさか、あれだけ喋るとは、と自分で苦笑した。こうして、たまに連絡が来る。お茶しませんか、夕飯食べましょうよ、などなど。 二人で待ち合わせをして、飯を食って、他愛もない話をする。じゃあ送るよ、まではいかない。残念ながら俺の役目はその手前で終わりだ。 これじゃ、駄目だよな。何とかしないといけない。何とかって言ったって何をだ?飯を食って、他愛もない話をするだけでいいじゃないか。十分幸せなことじゃないか。 どうやら人というものは貪欲にできているらしい。一度満足すれば、もっと上を望むようになる。俺は、桂木ともっと近づく事を望んでいる。どんな男よりも。桂木の唇が紡ぎだす言葉たちを俺のものにしたい。 答えはわかっているというのに、希望を捨て切れないっていうのも人間ってものだろうなぁ。 十九にして、人間を突き詰めたような気になっている俺は馬鹿だ。 「ひぐちさーん」 「ん、なに?」 「いや…ぼーっとしてたんで。私ばっかり食べてるし…本当は食べたかったんじゃないかなぁって」 「いいよ、桂木に食べてもらいたくて買ったんだから」 「もー…またそう言って」 いっつもそうなんだから、と桂木がフォーク片手に頬膨らます。お、なんか彼氏と彼女っぽい。 「買ってきた俺がいいんだからいいんだよ、俺はこれが嬉しいの。桂木は嬉しくないの?」 わたしも美味しいから嬉しいんですけどね、とぺろりと唇のクリームを舐めて桂木は笑った。 その仕草は今まで見てきたどんなものよりも官能的だった。思わず目をそらして、紅茶を飲む。 何度でも繰り返してやる。飯を食って、他愛のない話をする。それだけで十分じゃないか。俺が求めてたのって、こういうのだろ? なのに、その幸せを自分でぶち壊そうとするなんてどうする?俺の脳味噌はポジティブだったり、ネガティブだったり、変動が激しい。 扱いにくい脳味噌だ。全てがこの指でキーボードを叩くだけで支配できれば――。駄目だ、それは、駄目な事だ。 桂木は他の男が好きなんだろう。きっと俺の知っている男だ。きっとそいつにはこんな風に笑ったりも話したりもしないんだろう。少し恥らって頬を染めたりするんだろう。 俺だったら、普通に話せるから、だから俺と話すんだろ?その方が、楽なんだろ?違うって、誰か言ってくれよ。 「本当は、俺よりも話したい人がいるんだろ?」 茶色い瞳が驚いている。何で急にそんなこというの、そう言っている。たぶん次の瞬間にはその言葉を発するだろう。 「なんで、急にそんなこと言うんですか」 ほらやっぱり。声が震えてるよ。探偵がそう簡単に動揺しちゃ駄目なんじゃないの? 「だって、俺、桂木が好きだから」 わかるんだよ、と冗談っぽく言うとぱくぱくと止まることなく動いていた口が静止する。(俺の心臓も停止しそうだ!)逃げ出したい衝動に駆られるけど我慢した。 お前は誰が好きなんだ。どんな人が好きでどうすればお前は俺を好きになるんだよ。お前の為なら、何だって出来る気がするんだよ。 なぁ、桂木、教えてよ、あのときみたいに、俺を救って。 200903016 その唇を僕にください |