事務所へ入るととても静かだった。壁を見ると先ほどからお休み中ですとあかねちゃんが音を出さずにボードにペンをはしらせた。 そのまま視線をソファに移動させると確かに眠っていた。ジャケットはソファの背にかかっている。 起さないように鞄を置いて向かいのソファに座る。私がソファで眠るのはあまり不便だと思わないけれど ネウロの長身だと窮屈そうにみえて仕方が無い。天井で寝るのも本人はどうだか知らないけど私にしてみたら大変そうに思える。 鞄から雑誌をだして眺め始めてから数十分が経過しようとしている。今日は帰ろうかな、と思っているとソファの軋む音がした。 起きたのかな。まぁ私が帰ってきてネウロが起きないのも珍しいけど、なんて思いながら立ち上がってネウロを覗き込む。 ベスト一枚って風邪引きそう。ネウロが風邪を引くのは信じられないけど、血だって流すんだから風邪をひいたって可笑しくはない。 瞼はまだしっかり閉じている。あ、もう。涎垂らして。だらしのない口元をみて思わず笑ってしまう。夢でくらいおなかいっぱいになれたらいいなあと思いながら屈んでハンカチを取り出す。 一瞬躊躇したけれど口元を拭ってやる。 なんだか母親みたい。幸いハンカチが焦げたりすることはなかったけれど、ネウロの瞼がゆっくりと開いた。
「あ、」
怒られるかな。慌ててハンカチを引っ込める。ネウロは二、三回瞬きをして体を起した。
「…何時来た」
「えーっと…三十分くらい前かな」
しばらくの間の後、ネウロはそうか、と小さく言って大きい欠伸をひとつした。 寝惚け眼でたどたどしく答える姿をみているとネウロが人間にみえてしまう。そんなこと、あってはならないのだ。 そう、あってはならない。ネウロのためにも、私のためにも。
「おなかすいた?」
「……我が輩はいつでも空腹だ」
ソファの背にかけていたジャケットを羽織りながらネウロが言う。じゃあ出かけようか?と言えばまた黙る。 やっぱり、まだ眠そう。もう、小さい子じゃないんだからさぁ。
「まだ眠いなら私外出て行くけど。そのほうがいいでしょ?」
鞄に雑誌を押し込んで立ち上がる。
「…いや、いい」
「いいの?だって眠いんでしょう?出かける気もないみたいだし」
「座れ」
「なによーもう」
今日は立ったり座ったり忙しい。今度は向かいじゃなくて横に座る。ネウロは向かいに座ると思っていたのか、じろりと私を見たけど気にしない。 はいはい、わかりました素直になれない魔人さま。どこにも行かないよ、ここにいるよ。口に出すと面倒な事になりそうなので態度で示すことにしたのだ。 言いたい放題の魔人は今度はソファにもたれて脚を組んでいる。不自然に首を動かしたり落ち着かない。
「ねぇネウロ」
「…なんだ」
俯いてた顔を上げて私を見る。目つきが凄く悪い。
「ほらーやっぱりまだ眠いんじゃん」
「黙れ。何か言おうとしたんだろう?さっさと言え」
黙ったほうがいいのかさっさと言ったほうが良いのかどっちよ。突っ込まないけどさ。
「あのね、おっきいベッド、買おうよ」
再び寝そうになっていたネウロの目が一瞬大きく開いたので、別に変な意味じゃないよと付け加えた。 大きいベッドを買って、ネウロが窮屈じゃないようにゆっくり寝ればいい。そのほうが絶対楽だと思う。 で、端の方の余ったところに私が寝転がればいい。このソファも悪くないけど、やっぱり寝心地でいえばベッドのほうが断然上だ。
「どこに置くつもりだ」
「…あ。あー…忘れてた」
ここに、事務所にそんな大きいスペースはもう残ってはいない。そうだよなぁ、無理だよなぁ。ため息をつくと フン、貴様の脳はやはり小さいな、と嘲笑が聞こえてくる。 良い考えだと思ったんだよ。考えだけね。お金とかは考えてなかったけど、ベッドを置くっていう考えは、良いと思ったんだ。 残念だけどしょうがないか。思いつきだけじゃ上手くいかないこともあるよね、うん。私一人で頷く横でネウロは脚を組んだままうとうとしている。 器用な格好で寝るなぁと思っているとゆらりと体は私の方へ。もちろん、私はそれを受け止めれるはずもなく―――ばたん。
「…ねぇ、わざとやってるんでしょ?お・も・た・い!」
「…これだとクッション性が足りんな」
ほら、やっぱりベッド買ったほうがいいじゃない。 これも悪くないけどさぁ。ネウロの髪が頬にあたってくすぐったい。ソファに頬を押し付けたまま私が笑うと耳元で穏やかな寝息が聞こえ始めたので私も瞼を閉じた。


20090316 おやすみ、かわいいこ