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目が覚めた。携帯を開くと待ち受け画面の光が強くて目を細める。三時二十分。真夜中だ。 喉が痛い。張り付いてる感じがする。布団から抜け出して冷蔵庫まで行けばいいだけなんだけど、まだちょっと寒いから嫌だ。それに、お母さんがいないから誰も居ない家の廊下を歩くのも勇気がいる。 どうせあと数時間だし。再び瞼を閉じると変な感覚がした。眠れない。寝返りを打つ。しっくりこない。もう一度寝返りを打つ。 それを何度か繰り返しても寝れない。これはもう、だめだ。起きるか、このままじっと睡魔がくるのを待つかという二択しかない。 このまま布団から抜けて数歩歩けば眠気がやってくる事はないだろう。そうすればずっと起きていなきゃいけない。 まいったなぁ。体力を減らすのはどうだろう。足をバタバタ。手をバタバタ。寝返りを何度もする。 残念ながら、効果はない。余計に喉が渇いて、痛くなるだけ。むしろ逆効果で目が冴えてしまう。 夜中は、怖い。考えなくてもいいこと、思い出さなくてもいいことが頭に浮かんでしまう。血に死体。私がひとさし指を向けた後、死体を前に微笑む犯人。動悸が激しくなる。胸が痛む。ぎりぎりぎりぎり。 大きく深呼吸をして胸に手を当てる。大丈夫、大丈夫。脳がそう言っている。でも他がどうにもならない。人間というのは複雑な生き物だ。 ――ヤコ。誰かが名前を呼んでいる。ネウロなの?私、幻聴まで聞こえるようになったの?ネウロ、たすけてよ。 何度も瞬きを繰り返すと暗闇の中でうっすらと何か動いている。ネウロで、あってほしい。 「ネウロなの?ねぇ、」 「…貴様は自分の主人を間違えるのか?」 ぐんっとネウロの顔が近づく。私は布団はかぶっているけれど、押し倒されてるみたいだ。 「なんで、わかったの」 何で来たのと、本当は聞こうと思った。けれど、やめた。ネウロは全部わかっているような気がした。 ネウロ、たすけて。そう願ってネウロが私を助けなかった事なんてない。これは、魔法の呪文だ。頼ってばかりじゃいけないと思いながらどうしようもないとき、言ってしまうのだ。 私の問いかけにさぁな、とネウロは笑って、寝苦しいスーツ姿で私のベッドの中へ侵入する。私はそれを拒まなかった。せめて靴ぐらい脱げば良いのにとは思ったけど。 「どうしたの急に」 「ム、貴様が望んでいると思ったのだが」 「…変な事しないでよ」 「眠れないんだろう」 ネウロは目を細めていった。眠れないんだろう。耳を疑ってしまうくらい優しい声に、私は言葉を返すことができなかった。 掛け布団の下でネウロの手がもぞもぞ動く。片腕が私のわき腹の下を潜って背中に辿りついて引き寄せられる。もう片方の手で小さい子をあやすように髪を撫でられる。撫でる手つきが何だかぎこちないので私が笑うとネウロは少しだけ眉間に皺を寄せた。 なんでそんな優しくなるのよ。これじゃあまるで、あんた、にんげんみたいじゃない。涙が出そうになるのをこらえて息を吐き出した。怖くなったり笑ったり泣きそうになったり大変だ。 「ネウロ、たすけてよ」 「ヤコ、」 ぎゅうと背中に巻かれた腕が強く私を抱きしめる。ネウロが、私を抱きしめるなんて、嘘みたい。 「あんたがすきなの」 おかしいね、笑っちゃうね。どうしてだろうね。夜が怖くて一人が怖い。瞼を閉じてネウロに会えなかった過去を想像してネウロが居ない未来を想像する。 何ともいえない感情に襲われる。いつの間にか魔人と名乗るネウロという男は私の一部になっていた。 「だから、くるしいんだよ」 口元から覗く鋭い歯も、私の髪を撫でる手袋の下の指先も、私と同じではないことぐらい最初からわかっている。わかっているのに、私は恋をしてしまった。 自分でも信じられない。けれどその歯も、指先も愛しい。だって、ネウロだもの。この一言で済ませられる。ネウロの唇が耳元で動く。生温いな、と低い声が鼓膜を震わせて、脳髄までも揺さぶる。私の体温だ。できることなら、このまま溶けてしまいたい。 どれだけ待っても私たちがこの境界を越えることができないと知りながら、ネウロの首元に顔を埋めて朝が来るのを待った。 200903016すぐにくるよ |