あなたのことが


好き。そう言いたかった本当は。
それはもう、ほんの少し前のこと。いや違う、昔のこと。あなたのことが好きでした。
銀ちゃんに会ったのはもういつだったか忘れてしまった。そう、それぐらい時が経ってしまったのだ。
出会って、もう春夏秋冬が二,三度過ぎた。もしかしたらもっと過ぎたかもしれない。けれど私はまだ故郷へはもどってはいない。

新八が出かけている。定春は寝ている(起きる気配はない)今まで、二人きりになることは少なくはなかった。じっとりした空気。体に空気がまとわりつく感じがする。
なんだか重い空気。机の上のコップをとって麦茶を飲む。生ぬるい温度が口の中で広がる。気持ち悪い。

「銀ちゃんは彼女居ないアルか」
「…居るわけねーだろ、大体俺の生活をみてたらわかるだろ」

多分、こんな話題を持ちだす必要はなかった。言ってみたかったそれだけ。
さて、はたして本当にそうだろうか。銀ちゃんの一日は、まず唸りながら起きる。寝起きは最悪。そしてそのあとテレビを見ながらだらだら。 そのあと出かけたとしても、かならず昼になると戻ってくる。で、そのあと仕事がある日は仕事。その時は私も新八も定春も一緒。 で、そのあとは…たまに朝帰り。飲みに行ってると本人は言うけれど。

「…たまに朝に帰ってくるアル」

沈黙。しばらくしてため息をついてから大人の話だろこんなの、と銀ちゃんは言った。少し顔をしかめながら。 いつもそう、困ったら大人だからって言う。きっと追い込もうと思えば追い込めるんだろうけど、簡単じゃない。(それに銀ちゃんはきっと怒るだろう) 銀ちゃんの昔の話は、全部銀ちゃんが話すときにしか話さない。あとは、なんとなく聞いてはいけない気がしたから。 それに聞こうとしたらきっとまたお前は子供だからわかんねぇよ、って言うと思ったから。 私、子供じゃないよって言ったら嘘になる。だから言えなかった。本当は言いたかったけど。でもわかってもらいたい ことがあった。 出会ってから、こうやって毎日を過ごして、私が泣きそうになったときは優しく頭を撫でてくれて笑ってくれる銀ちゃんに。

「…じゃあ、もうやめにするヨ」
「おー、そうしてくれ」

少し銀ちゃんの顔が揺るんだのがわかった。
銀ちゃんに彼女が居るか、どうかはしらない。昔は凄く気になっていたが今はもう、ずいぶん前に好きだと思える人ができたから、気にならない。 でも、好きだと思える人が出来ても、始めの頃は銀ちゃんへの気持ちを全て消す事はまだできないから、もっと思い出つくってこの気持ちの上にどんどん重ねれば この気持ちは埋もれてしまうだろうから、それでいいと思っていた。あと少しできっとこの気持ちは埋まるから。 もう言ってしまってもいいかもしれない。言ったとしても、もう私が揺らぐ事は無いし、わかりきっていることだけど銀ちゃんが揺らぐこともない。 新八は帰ってこない。定春は起きない。空気は重いまま。まぁ、私が悪い。

「ねぇ」
「んー?」

言うのが怖くて怖くて、というわけではなかった。銀ちゃんが困ると思ったから。いつも困らせてばかりいるけどこれで困らせるわけにはいかないと思った。 銀ちゃんは私だけのものじゃない。 むくりと銀ちゃんがソファーから体を起した。言おうか言わないか迷ってから五秒たって私は言った。

「私銀ちゃんのこと好きだったアル」

下を向いて、小さな声で。銀ちゃんのほうを見るといつものあの気の抜けた目が大きくなってた。
過去形。好きで好きで仕方がなかった。もうお終いにしていた話。でも、伝えておきたかったこと。
しばらくしたあと、銀ちゃんは知ってたよ、と言っていつものように私の頭を撫でた。



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一応微妙に「灰色の雲にさよならを告げる」に繋げてみたつもり。