君には言えない

少し寒く感じる。冬だ。なのに目の前にいる少女はごろりと草の上に転がっている。 薄着だなぁ、とか日はもうとっくに暮れているのだからに傘はいらないんじゃないか、と思う。 とにかくもう暗い。こりゃ、早く帰した方がいいだろう。
「お嬢さん」
声を掛けるとむくりと体を起し、俺の顔を見て「何ヨ」と不機嫌そうな声で言われる。 お互いに動かないままで、風が吹きざわざわと草が揺れる音がする。 彼女は横にあった傘を、片手でぐるん、とひとつまわした。俺はそれを黙ってみていた。そしてまたひとつ、ぐるんと傘は回る。

「帰らなくていいんですかィ」
「いいヨ、別に。それに夜だと思い切り動ける気がするし」
「旦那は」
「ほっとけばいいアルあんなの」
「眼鏡は」
「あれは家に帰ってるネ」
少し怒った口調で彼女は言う。家に居て1人でいるのが寂しい、いかにもそんなかんじに聞こえる。 旦那も馬鹿だ、こんな娘を夜にほったらかしておいて。 まだ傘はぐるぐる回っている。 その傘をみていると、刀を振り回したくなってきた。

けれどもしもそんなところを土方さんか誰かにでも見られたらまた怒られるんだろう(可能性は低いし別に平気だが)ああどうしようか。 彼女を家に帰せばいいのか。家に1人で置いとくよりは少しばかり俺といたって問題ないだろう、なんて思ったり。
「じゃあ一戦やってみませんかィ?」
「今から?」
「どうしやすか」
「やるアル」
真っ直ぐと俺の目を見て彼女は言うが、俺は彼女が迷っているようにも見えたので

「やるなら本気でやってもらわないと困りまさァ」
「わかってる、でも」
「別に俺の首をはねようが何しようが構わねぇ」
「人を傷つけるのはもう嫌ヨ。お前でも」
「だから別にいいって言ってんだろィ。お前が昔のように戦おうがどうしようが」

明かりは月しかない。彼女は黙ったままだ。まぁ何を言おうが俺は戦う気があるので刀を振り下ろす。 するともうさっきまでの彼女とは違う。迷っていた姿なんてこれっぽっちもない。

「やるなら負けない」

と言い彼女は傘を強く握っていた。 ぞくり、ぞわぞわ、なんだかそんなものが体の中を走る。血が騒ぐってのはこういうことかもなのかもしれない。 そりゃ俺だってやるなら負けないだろう。 もう暗い。目を凝らしながら、彼女の姿を追う。 夜兎の彼女は暗がりでも人を見つけることは容易いらしい。 ぼんやりでている月を頼りに、彼女を追う。 物凄い勢いできたと思ったらいきなりふわりと舞う。 もしかしたら彼女の首をはねることになるのに、とても楽しくてしょうがないのだ。 こりゃあもうお互いに人間じゃねーや、と思い俺は笑った。 「笑うほど余裕ネ?」満月の下で、少し笑って言う彼女の姿はひどく美しく、ほんの少しだけ、刀を持つ手が緩んだ。 ほんの少しだけ、だったのだが。彼女はその瞬間を逃さず、刀は飛ばそうとしたが俺だって簡単には飛ばさせない。 ガシャン、という凄まじい音を最後に俺は刀をしまい小さく息をついた。

「何を考えてたかは知らないけど勝負に考えことはいらないアル」

かすかに吹く風の中にたたずむ彼女が目の前に現れた。 黒のなかの彼女を月が照らしだす。
どうしてちゃんと刀を握っていなかったの、という問いに俺は何も言わなかった。 月明かりに照らされた、あんたがあまりにも綺麗だったモンで。 らしくもねぇ、思わず刀を握る手が緩んでしまった。 もちろんそんなこと彼女に言えるわけがないので、早く帰れとわけのわからない別れ方をした。



(041115)