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けしてとけることのない魔法をかけて 好きです、と笑顔で言われる。こういうものは普通はとても嬉しいものなのだろう。 幼い頃は少しだけ憧れていた。素敵な恋愛をして、大人になってゆくんだと、そう思っていた。 やめてください、と私も笑顔で言った。しかし彼は少し驚いた様子でどうしたんです、と問うてきた。 何がですか、と言い返す。 「…あまりにも悲しそうに笑ったので、」 私はそんな顔をしたのだろうか。悲しそうに笑うだなんて器用なことを。 「そんなことありません」 まるで機械が発したような言葉だった。それでもその言葉をいうのに力を全て振り絞った気がした。 「…そうですか」 「そうですよ」 ふふ、と私が笑うと彼の頬が赤くなった。いい歳して、何赤くなってるんだか、と私は思ったが、私自身の頬もやけに熱い。 こんなのは何年ぶりだろうと考えた。らしくないわ、と頭の片隅で思ったけれどしまっておいた。 彼はとても素敵な人だと思う。でもそれは私が彼を見て思うことではなくて、私ではない誰かが彼を見て思うことだ。 恋愛に涙して、切ない気持ち抱えていくことなど想像できなかった。 近藤さん、と彼の名を呼ぶ。これで彼の名を呼ぶのは何回目だろう。私は彼の名をちゃんと呼んだことはあまりない。 彼が名を呼ばれると素っ頓狂な声をだすと同時に、握っていたグラスが彼の手からするりと落ちた。音をたててグラスは地面に転がる。幸い中には氷だけはいっていて、三、四個溶け出している氷が散らばって、(彼はずっと氷しかないグラスを握り締めていたのだ) 彼は慌てて氷を拾うとする。 「すきとか、よくわからないんです、本当は」 え、と小さな声をあげて彼はすぐに頭を上げた。氷は散らばったままだった。彼が私をどうしてすきなのかということも。わからない。気づけばその気持ちを消そうとしてあやふやにさせていた。 私が彼をすき?いいえ、すきではないわ、あんな人。それに恋愛でまた前がみえなくなってしまったらどうするの、私にはやらなければならないことがたくさんあるというのに。 すきだったら何だというのだろう、と考えて、自分で、自分がよくわからなくなった。どうしたらいいかわからなかった。 恋愛が苦手とか嫌いとかいうのではない。私だって夢見る頃があったのだ。母上は綺麗な人だった。いつも優しく笑いかけてくれた。憧れだった。 今はもう違う、憧れだけではどうしようもなくなった。 父上も亡くなり、いきなり太陽も何の光もない場所に放り込まれたようだった。前が見えなくなってしまった。それでも私は必死に道を見つけて、新ちゃんの手をひいて歩いてきた。 でもどんなに必死になっていたとしても新ちゃんだっていずれ私のもとを離れてゆく。それでも良かった。今を生きればいいと思っていた。 恋だとか愛だとかを見つけだす時間が少なかった。気がづいたら、此処に居るようなものだから。 「う、あ、それでも好きなんです、変わりません。あなたがよくわからないとしても、俺にはどうすることもできません、ただ気持ちを伝える事でしか」 「…困ります」 「でも、あなたを困らせたいわけではないんです」 「それはわかっています。あなたは、優しい人ですから」 私は彼がまた赤く頬を染めるのを見ながら、恋だとか運命だとか今は信じることなんてできないけれど、もし叶うのなら幼い頃の私に夢を見たままでいられるような魔法をかけてほしいと思った。 |