吾代さん来てたんだ。鞄を放り投げて探偵は俺の前に座った。座った途端、何処からか飴を3つとりだして口の中にほうりこんだ。赤と青と緑の丸い玉が口の中で転がっている。
「お前食ってばっかだなあ、喉つまらすなよ」
「大丈夫、私どんぐり飴で最高で5個はいけるし」
味よくわからなくなるんじゃねえの、それ。器用に飴をださずに探偵は喋る。笑いながらくるくると表情を変えて(口の中の飴玉のように)喋る。 一通り今日の学校での出来事を話したあと、ぐるりと首を回して左右に曲げた。
「肩こり酷くて」
俺にはよくわからないけど学校も楽ではないのだろうな、と思う。その上終ってから此処に来てあいつに付き合わされてふらふらと出かけている。 それに満足しているのかどうかは俺は知らないし、きっとそれは探偵自身しか知らないだろう。 ピリリリ、電音が鳴り響く。誰からと聞く必要はない。探偵は音がなったとき少しだけ不満そうな顔をして(けれど、その中にはきっと)二回目のコールで出た。

もしもし、ネウロ?ええー、今す、ううん何でもない、行きます!で、何処に行けばいいの? 私今事務所に居るんだけど。北公園の近く?うん、わかった、すぐ行くから、待ってて。

「…で、行くのか」
「行かなきゃ、駄目なんです」
その声は思いのほか強く。私が行かなきゃ、誰が行くの、俺にはそう聞こえた。 お前が縛られてるもの。権力、暴力、言葉、あとは何だ。他に何があるんだよ。
――すぐ行くから、待ってて
最後の少しだけ愛しさを含んだ声。気に入らない。 健康そうな肌に不釣合いな目の下の黒に、腕の青いあざ。どうやってつくった?そんなののどこがいいんだ。
ほこりの被った棚からスナック菓子やら飴玉の袋やらを取り出して鞄に詰め込んでいる。 いつの間にそんなに買い込んでいたのかは知らない。俺の視線に気づいたのか夕飯食べれないかもしれないし、と軽く笑って探偵ははちきれそうな鞄のファスナーを慎重に閉めた。
「じゃあ行ってきます、たまには前みたいに此処でゆっくりお茶しましょうよ」
できるわけないだろう。俺はきっとつまみだされる。情けないと思うと同時に気づきたくないものにも気づいてしまって唇を噛んだ。

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「なあんだ、本当に普通の女子高生してたんだ」
あまりにも突然のことだったので声なんかでなかった。こくこくと頷いて足早に立ち去ろうとした。事務所は、近い。 あと数十メートル先にいけば、私は助かる、(誰に助けてもらうのか)脳はそればかりを繰り返す。歩け歩け歩け、逃げろ!
「やだなあ、そんな化け物を見る目しちゃって、大丈夫殺さないよ」
殺さないよ。人々が行き交う中でこんな言葉を耳になんてしたくなかった。私はこいつが言ったとおり普通の女子校生なんだ。 この場でどうすることもできない。
「サイ、あなたは、」
「俺は、ネウロに会いたいんだよ、君なんかどうでもいい」
搾り出した声は彼の透き通っているような声の中に沈んだ。サイの声は私の頭へ届き、多少の時間を要して理解する。
(ネウロはあんたなんかにわたさない、わたすもんか)(ぜったいに)(ねえ、たすけてよ)
「けど、君を奪えば必ずネウロは俺に構ってくれるんだ」
手段なんてものは何も知らないくて、知ってるのは殺意とそれに従う感情だけ。それを知ったとき私のなかでこみあげた感情は何だったか。するりと首もとに彼の手のひらが触れる。冷たい手のひら。 雑踏の中でも誰も気づかない。(彼がサイ、ということも)
「でも、君、きれいだね」
玩具をねだるような子供のように瞳を輝かせて言った彼の声は一段と私の脳を痺れさせる。 きれいだね、どうしてそんな感情がでてくるのか。サイのいうきれいは私が思う花やケーキのデコレーションや色鮮やかなサラダを見て思う気持ちではなくて、ただ、生きてる魂のことだという気がした。 サイにとって私はただの人間であり、でもどんな人間ということまではしらない。そこにそそられる、生への興味、それの対象というだけ。彼の手に力が込められる(そして興味は死へと転換され)う、と軽く呻いただけであとは何も言えない。 きつく吹き始めた冷たい風の中でようやくサイの手の温度を感じた。サイは生きた人間ということを改めて知る。
(私、殺されるかもしれない)(だれか、わたしにきづいてよ)(ああ、この感情ともしかして同じ?)
わたしに、きづいて、だれかたすけて。ざり。コンクリートと革靴が擦れる。足に力を込めて引き下がって、サイの表情が少しだけ変わったのを見計らって鞄(有名菓子クッキー缶入り)をふりあげた。
鈍い音がしたあと私の足は数十メートル先の避難場所へ風を切り抜けてかけていった。ようやく気づいた周りの人々(おそいんだよばか)の中で薄ら笑うサイが一人の世界をつくっている。


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いつものように、(そう、いつものように)学校の帰りに足は自然と事務所へと向かって。 歩き慣れてしまった道も今日はやけに暗い。そうだ、補習だった。(夕飯のことを考えて、終わってしまったのだ) 階段をのぼり冷たいドアノブに手をかける。こんなにも冷たいものだったか。 不気味な音をして開いたドアの向こうに彼の姿は居なかった。珍しい事ではない、ただ、何故、今日に限っていないのだろう。 開け放たれた窓からは生ぬるい風が吹き込み、薄汚れたカーテンが揺れている。(買い換えたいな)(美味しそうなクリーム色がいい) 誰も居なかった。電気をつけても人影(と、あの綺麗な束ねられた黒髪の姿)は浮かばない。どうしようもない恐怖、寂しさ。 置いていかれたのか、騙されたのか、はたまた私がここに居る必要がないのか。
「誰も居ないの?」
叫ぶこともできずただ独り言のように言った言葉さえも私を悲しくさせる。 もう、帰ってこない。誰に言われたわけでもないのに私の頭の中はそれしか浮かんでこなかった。 もう帰ってこない、昨日の夜、何でもないように終えたあの一日がさよならの日だったんだ。 いつもとかわらなかった。何の素振りも見せなかった。もう戻れない昨日を思い出して、ため息をつく。
「何か言ってくれたら、良かったのになあ」
言ってくれたらどうしてたかな。私何か言えたかな。結局くだらないことしか話せなくてあやふやなままで、こんな風に居なくなっちゃうのかな。 あまり、変わっていないかもしれない。でも、いきなりなんてずるい。あんたらしいけど。 全部なくなった。彼と出会ってからのものが全部なくなった、気がした。にんげんたちはいるだろう。
「あんたなんか消えてしまえばいい」
この声も今はもう届くはずもなく。ねえ寂しいんだよ。