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天気も良好、異常なし。声を張り上げて指示する必要も、今日のところはなさそうだ。 腰を下ろして抱えていた数冊の本を置く。ぎゃあぎゃあと騒ぐ声が聞こえるが、気にしない。これぐらいの騒ぎ、どうってことない。 何もすることがないというのは平和で良いことだとナミは思う。それと同時に月日が流れるのも早いと感じる。“いつか”と夢見ていた海に、自分はもういるのだから。 積み重ねた本を読もうと、手を伸ばす。ふと、古い絵本を思い出した。著者は覚えていないけれど、可愛い女の子、魔物に連れ去られて、素敵な男の人が助けてくれる物語だった。自分だけを信じてきた自分にとって、誰かが現れるいうヒーロー物語は苦痛でしかなかった。 破り捨ててしまおうと幾度となく思ったけれど、結局捨てることはできなかった。それでも、いつだって信じていたのは自分だけだった。 誰かが現れるだなんて希望を持つことは、絶望でしかなかった。 そうよ、色々あったんだし、これからも色々あるんだわ、とナミは瞼を閉じて思った。忘れることはないだろう。あの時のルフィの声も、他の男たちの戦う姿も、背中も。 大きな欠伸をひとつ。暖かな日差し、眠るにはちょうど良い温度だ。 「―――ナミィ、暇だあ」 天から声が降ってきた。次の瞬間、宙からスタン、とルフィが降ってきた。ルフィの行動はいつも予測できない。だからもうどこから現われても驚かない。 ルフィが屈んでナミに視線を合わせる。なあ、ナーミィ、と身を乗り出して、返事をねだる。こうやって機嫌をうかがうのだ。 うるさい、あっち行って、と言われれば渋々退散するし、どうしたの、と言ってもらえばラッキーである。 「…あら、どうしたの?」 眠りに落ちそうになっていた頭をナミは横に振った。欠伸を噛み殺して、髪をかきあげる。オレンジ色の髪はきらきらと太陽の下で輝いた。 ルフィがにっこり笑った理由は寝ぼけた頭のナミにはわからなかったが、あまりにもその笑顔が純粋なものだったのでつられて微笑んだ。 「なぁ、何してんだ?」 「何もしてないわよ、考えことしてただけ」 「考え事ぉ?」 そんなことしてたら腹空くだけだぞとルフィは笑いながら言った。 「何考えてたんだ?」 「聞きたい?」 「おう!」 鼻と鼻がぶつかりそうになる。こんな至近距離になっても互いに頬を染めることはない。女も男も関係ない。仲間の証ってやつかしら、とナミは頭の片隅で思う。 私の方が年上だったっけ。けれど、この海では性別や年齢が関係ないこともよくわかっている。 「ずっと会いたかったの」 話が全くつながっていない。会いたかった?と繰り返して、ルフィが首を傾げるのも無理はない。 「…誰にだ?」 「さあ?」 「何だそれ、どういう意味だ?」 いいのよ、あんたにはわからなくても、と額を人差し指でつかれてルフィを一瞬だけ瞑る。「何だよう」と唇を尖らしてみても、目の前のナミは笑うだけだった。 珍しくルフィが手を口元において、眉間に皺をよせて考え込んでいる。面白くてしばらく見ていたかったけれど、これ以上放っておいたら頭から煙でも出るんじゃないかと思って、 眉間に手を伸ばす。するりと眉間をなぞる指先につられて、目までもよってしまった。それを見てまたナミが笑いだす。 「ふふ、わからなくていいの」 まるで幼子をあやすようにナミが言うのでルフィはもう何も言わなかった。よく考えてもしょうがない。とりあえず、目の前のナミが笑っていればそれでいいという結論に至った。遠くで声が聞こえる。ナミさぁん、と低く甘い声だ。 「ほら、サンジくんが呼んでる。おやつの時間よ」 「お、やったー!よし、ナミいくぞ!」 素早く立ち上がったルフィの目は輝いている。早く早くとその目は急かしているが、ナミはマイペースにはいはい、ちょっと待ちなさいよ、と本を抱え出した。 「待てねえ!」 ルフィの腕が伸びてナミの華奢な腰に回る。しゅるると、伸びた腕が元に戻った後、ふわりとナミの体は宙に浮いた。きゃっ、と小さい声が漏れた後、一冊、二冊、抱えた本が転げ落ちてく。ルフィの小脇に抱えられて、何すんのよと騒いだものの、こうなってしまったら抗議してもルフィの耳には届かない。 言葉にする必要なんてない。ずっとずっと、会いたかった。私がずっと、欲しかったものは、こんなにも暖かくて愛しい。 甘い香りが近づいてくる。同時に見慣れた仲間たちの姿も目に入る。ああ、幸せだなあと思う。誰一人、かけたら駄目なんだわ。幸せに、涙はいらない。 ナミはこっそりともう一度笑った。 20090213 会いたかった |